アイムピチピチアルバイター

「#name二#さん!」
 今日も今日とて憂鬱な気分を抱えて出勤したコンビニエンスストア。うわあ超帰りたい。そんなことを考えながらレジ裏へ足を踏み入れた途端かけられた声に、私は思わず驚いてしまった。
「待ってましたよぉ〜!」
 その主は本日のシフト仲間、ピチピチギャルのヤマちゃんである。本名は確かヤマダとかヤマシタとかそんな感じだったはずだ。多分。初対面のとき『ヤマちゃんって呼んでくださ&#一二三一六;い!』とウインクしていたことだけ覚えている。
 そして、そんな彼女は夕方から夜の早い時間にかけてシフトに入ることが多いアルバイトだ。深夜帯メインでシフトを組まれている私とも週に一度ほどの頻度で少し時間が被ることがあり、歳が近いこともあってかバイト仲間の中ではまぁまぁ親しくなった数少ない一人ある。いやまあ普段はワンオペを任されることも多いから、そもそもあまりバイト仲間を知らないんだけど。
「ドーモ」
 ともかく、にこにことこちらを見つめるヤマちゃんへへらっと笑って会釈すれば「目超死んでますよ!」と朗らかに指摘された。そんなこと言ったってこれからバイトが始まってしまうのだから仕方ない、というか今既に始まってしまったのだから仕方ない。そりゃぁ目の光も失われるというものだ。不可抗力。私に罪はない。
 しかしそうはいってもヤマちゃんがいるほど早い時間帯というだけあって、現在の店内はまさに平和というべき状態だった。エロ本コーナーで数時間居座る猛者も接客が悪いと激怒するオバサンもことあるごとにセクハラを試みるおっさんも存在しない。いるのは限定スイーツの前で迷う高校生くらいのもので、毎度のことながらこれから訪れる深夜帯とのギャップに打ちひしがれてしまう。こんな健康的な時間がこの店内に流れていることが半ば信じられない。ガチなの?  マジなの?  コンビニってこんな健全な場所でよかったっけ?
「――お会計一八九円になります&#一二三一六;」
 と、深夜バイトで培った歪んだ価値観を持て余しながら、ヤマちゃんが高校生のお会計を済ませていくのを聞き流す。彼女は見るからにギャルだけど、同時にとても愛想がいいのだ。隣に並んでいるとお客は必ずと言っていい程彼女のレジの方へ行ってくれるから私も万々歳である。誰でも目の死んだ女よりはキャピキャピとした笑顔のギャルにレシートを貰いたいのだろう。その気持ちは私もわかる。なんならヤマちゃん深夜帯にも入ってくれないかな、私絶対楽できちゃうじゃん。――なんて、そんなロクでもないことを考えていたら。
「――いらっしゃいませぇー!」
「らっしゃいま、……あっ」
 一九時一〇分、ちょっと過ぎ。自動ドアから外気が流れ込むと同時。……たった今まで健全一色だったこの店内に、
「……げ、いつ来てもお前いんじゃねーか。なに?  もしかしてコンビニに住んでんの?」
 不健全要素が、ひとつ。銀髪に天然パーマという風変わりな容姿のその男は他でもない坂田さんである。相変わらず失礼極まりない。「誰がコンビニ暮らしですか」白けた視線を送ってやるも効果はない様子。彼は何やら目当てのものを物色し始めたようだった。
 そこで店内には再び平和と静寂が戻り、なんとなく、視線が坂田さんの方へ向いてしまう。
 それというのも、私には最近、気になっていることがあるのだ。気になっているというかにわかに信じ難いというか、疑わしいというか。無論坂田さんについてのことで。
 私が坂田さんのことを変態クズ野郎だと勘違いしていたのはつい先日の話だ。様々なことが重なって私は彼をパパ活のパパに勤しむロリコン野郎だと思ってしまっていた。ついでにまあ結構な冷遇もしたかもしれない。自然とゴミを見る目を向けてしまっていたことはまず間違いないだろう。
 だが、なんとそれは誤解だったのだ。というのも、少し前の夜中、偶々来店した坂田さん直々に弁明されたのである。自身はパパ活などしておらず、女子高生に興味もないと。自身は教師≠ナあると。
 ここでひとつ確認しておきたい。教師とは人へものを教え、手本になる仕事である。お前らは腐ったミカン云々を雄弁せねばならない仕事である。人という字は人と人が支え合ってできているのである。――で、坂田さんが、その教師という職についている、と。
 最初にその言葉を理解した私が抱いた感想は『マジ?』だった。語彙力の欠片もないが仕方ない。許してほしい。それほど衝撃的だったのだ。ボキャブラリーは死滅した。
 だって坂田さんといえば人の名前より先に胸のサイズをチェックしているようなクソ野郎である。口を開けば高確率で暴言かセクハラが飛び出てくる。味覚は死んでいるし目も死んでいる。その上天然パーマネントだ。そんな彼が教師って。教師って!
 そもそもまず本当に社会で働いているのかも怪しかったというのに、まさかの教職ときた。なに安定してやがるこのやろう、お前はそれでも坂田さんか。そんな理不尽な怒りまで湧いてくる始末である。腐ったミカンというよりむしろカビそのものの方が彼の生態には近いのではなかろうか。いや彼のことはコンビニで関わる限りでしか知らないんだけど。でもマトモな人間は多分きっと真夜中に汁粉を作り出そうとはしないだろう。
 まあ、そんなわけで私はここのところ彼が本当に教師なのか気になってしまっているのだ。気になるというか今のところ七割方信じられていないけど。
「……、アリガトウゴザイマース」
 と、そんなことを考えているうちに今日もいつも通りいちご牛乳やらチョコレートを買うつもりらしい坂田さんが、私の目の前へカゴを下ろしていた。バーコードリーダーへ商品を通しながら、ちらと彼を窺ってみる。
 上着の下から覗くのは、水色のシャツに、薄い黄色のネクタイ。無難なパンツ。ちょっと派手なことに目を瞑れば、確かに高校にいてもおかしくはない格好である。……アレでもまって、なんかよく見てたらちょっと派手すぎる気がしてきた。銀髪だし。天パだし。目死んでるし。やっぱりナイナイ。高校なんかにこんなのおいといたら悪影響だって。ナイナイ。
 現実から目を背けるように内心そう繰り返し、「四一一円になります」ビニール袋を手渡した。「……四一一円?」坂田さんは怪訝そうな声を発し、数秒ののち私の手のひらの上に百円玉四枚を置いた。
「……釣りはいらねェ」
「いや釣り出ねえよ」
 この人は何なのか。バカなのかアホなのか。とりあえず教師でないだろうことは今この瞬間確定した。もしも本当に教師だったとしてもこんな教師は嫌だ大賞受賞確実だろう。一応念の為言っておくと、四〇〇円で四一一円のものは買えないのである。
 一方、私からの視線もものともせず、動じた様子の一つも見せない坂田さんは気力なく言葉を続けていて。
「出る出る、お前なら出せるって俺信じてる」
「出るとこ出てやるくらいしか私にできることはないんですけど」
「いやマジでお願い、今日それしか持ってねーの!  体感じゃ三〇〇円くれェしか買ってなかったんだよ、給料日前だし」
「いちご牛乳返品でよろしいですねー」
「あ゛ってめ何勝手に……!」
 半ギレで紡がれる恨み節は聞こえないふりをして、いちご牛乳抜きの精算を済ませた。いくら言葉を紡ごうと財布の中身は増えないし合計金額が減ることもない。逆にどうしてお金が足りないのに粘っていたのか謎である。義務教育からやり直したほうがいい。切実にそれを勧めたい。
 結局いちご牛乳は諦めたらしい彼は、「おぼえてろよ#name二##name一#」そうお門違いな文句と共にコンビニを出ていった。覚えてろって一体何をだろうか、罪状?  それともあの人のアホ加減かなにか?  私としては今すぐにでも忘れたいんだけど。
 アレが教師なら世も末だ、アレが教師で私がフリーターというこの世もどうかしてる。そんな思いからハアとため息をついた、そのとき。
「#name二#さぁーん」
 声の方を振り向けば、たった今まで隣のレジでパラパラと雑誌を捲っていたヤマちゃんが、面白そうににいと笑っていた。
「……なに」
「#name二#さん、あの人と仲いいですよね&#一二三一六;?」
「……それってもしかして今いた天パのことだったりしないよね」
「ドンピシャ!」
 たまに見かけますけど私とはあんなに話し込みませんよあの人、と未だニヤニヤしている彼女。思わず頬が引き攣るのを感じた。
「話し込むっていうか万引き止めてただけだけど」
「そういう冗談も言い合える仲!」
「いやアレたぶん本気だった」
「まっさかあ!」
 アハハ、と彼女の豪快な笑い声が響く。これはマズイ、完全に面白がられている。
 以前本人から聞いた話によると、ヤマちゃんは私より幾らか年下だというのに一児の母でもあるらしい。なんでも学生結婚で今もアツアツなんだとか。そのせいかどうかはしらないけれど、彼女はこの手の話題が好物である上、中々引いてくれないのだ。母は強しとはこういうことなのか。多分絶対に違う気がする。とにもかくにも、変な誤解は解いてしまうのが先決だ。
「ほんとに。あの天パ深夜によく来るから。深夜の客の中でちゃんと話が成り立つ数少ない一人ってだけだから」
「そうなんですか&#一二三一六;?」
「そーだよ」
 深夜帯はマトモなのがいないから、と付け足せば「……ああ&#一二三一六;」と彼女も察したように笑った。なんでも以前深夜シフトに入ったことがあるらしく。
「流石の私もあんなに面倒なお客さんばっかだと思いませんでしたからねぇ&#一二三一六;」
「ワカル、時給と比例しない」
「……そういえば#name二#さん、長いこと深夜ばっか入ってますけど面倒な人に目つけられたりされてないんですか?」
 向けられるのは心配そうな視線である。……面倒な、人。思い当たる面々が多すぎて困ってしまう。アレも面倒コレも面倒、無論坂田さんも面倒。でも一番面倒というと、やはり。
「目つけられるっていうか超面倒なのはひとり。朝も昼もくる人だから知ってるかも」
「え、何するんですかその人」
「いや……こっち見てニヤニヤしてたりお釣り渡すとき手ごと暫く握りしめられたり?  ハゲてる奴。しらない?」
 思い当たったのは件のハゲ頭だ。前に坂田さんから助け舟をもらったあの男。この際だから参考までに「ヤマちゃんどう対応してる?」と聞いてみる。……が、しかし。
「……#name二#さん、それホントに気をつけた方がいいかもしれないですよ」
「……えっ」
「いつもくるハゲなら何人か思い当たりますけど、……そんなヤバそうなことはしてきませんもん」
 もしかしたら#name二#さんだけが狙われてるのかも、と低い声で眉根を寄せる彼女。……え、ウソ。ヤバイ?  ちょっとヤバめ?
 一瞬、ほんの一瞬だけ、背筋がスッと冷たくなった。マジデカ。いやでもマジかどうかはわからない。まだ決まったわけじゃないし。
「……気の、せいでしょ」
 誤魔化すように発した声が震えていなくて安心した。ヤマちゃん丁度遭遇してないだけかもだし、なんて付け足すと、彼女も「あ、そうですねぇ!」またいつもの様に溌溂と笑ってくれる。そこで漸く、店内に普段通りの空気が舞い戻った。
 お客がいないのをいいことに他愛ない話をぽつぽつと繰り広げて。それから更に数分した頃、不意に時計を見上げた彼女が「――あっ!」焦ったように声を上げた。
「すみません#name二#さん、私もう上がらなきゃ&#一二三一六;!」
「そっか」
 ヤバイヤバイとヤマちゃんはスタッフルームへ向かう。右手をひらひら振って見送っていれば、スタッフルームの一歩手前。「あ、それと!」彼女が突如振り返った。
「――やっぱり仲良しだと思いますよ、天パの人と#name二#さん」
「……はあ?」
 脈略なく掘り返された先の話題にこちらはポカンである。が、彼女はそんなことは知らないとばかりに語を続けていて。
「だってあの人、迷わず#name二#さんのレジに並びましたもん」
 ウフフ、とわざとらしく笑うヤマちゃん。何だ。どういうことだ。わけがわからない。「若くてカワイクて愛想の良い方じゃなかったんですもん&#一二三一六;!」いやそれはそれでどういう意味。
 もしかしてアレ?  何気に今私年増で可愛げなくて愛想もないって言われた?  いやいやそんなわけがない、#name二##name一#ちゃんはまだまだピッチピチの二四歳である。ついでにD寄りのC。異論は認めない。聞きたくもない。
 ……と、そんな私の動揺を知ってか知らずか、
「じゃ、お疲れさまでーす!」
 これ以上ないほど元気にこの場を去っていく、彼女。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して随分勝手なものである。一人残された私は頭を抱える他ない。……だって、なに。坂田さんが私のレジに来たって? それはまぁ、そうだけど。でもアレだ。仲良しとかそんなもんじゃない。そんなキャラじゃないでしょうお互い。それはただアレがアレだから、アレなだけ。
 だからつまりきっと、私が若くてカワイクて、愛想もよかったからだろう。多分きっと絶対に。


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