言霊にはご注意を(2/3)


事件の翌日。
僕達を取り巻く空気は最悪を極めていた。

綿うさぎの提案で、白鳥、ミネ…そして僕の三人は彼女の部屋に集まっていたのだが……その中を包むのは気まずい沈黙。特に、部屋の隅でうずくまるミネは深く塞ぎ込んでいるようで、一切僕らの方を見ようとはしなかった。無理もない、人が死ぬところを目の当たりにしたのだ――それも、昔からずっと一緒に過ごしていた、親友の死を。

どう話しかければいいのか分からず、横目でそうっと彼の姿を見つめ続けていると。どこからかいい匂いが漂ってきた。


「……やあ、待たせてすまない。そろそろお腹が空く頃だろうから、ピザでもどうかと思ってね。ただ、味の保証はできないけれど」
「わ、わあ! 美味しそう! 綿、食べてもいい!?」
「ええ、もちろん」
「…僕も、ありがたくいただくよ」


キッチンの方から現れたのは、丸くて薄いプレートを手に乗せた綿うさぎ。机に置かれたその上にはピザがあり、出来立てを表すように湯気が立ち上っている。
気まずさを紛らわすように大声を上げた白鳥は、ぎこちない笑顔でピザを切り分け始めた。正直、食欲なんてなかったけど、せっかく僕達のために作ってくれた綿うさぎの気持ちを無下にすることもできず、僕も机の傍に近寄る。

しかし、その光景につい、顔をしかめてしまった。緑と赤の彩りが綺麗なマルゲリータ、それをピザカッターでガリガリと切る白鳥。普段はなんてことはないそれが、先日の惨状と重なってしまう。鮮明なトマトの色が血の赤に見えて、まるで白鳥が人体を引き裂いているかのような、ひどい錯覚に襲われる。
思わず目を強く瞑って激しくなる心臓の音が落ち着くのを待っていると、心配そうな綿うさぎの声が聞こえた。


「……少年、大丈夫?」
「…えっ、あ……う、うん。大丈夫だよ。ちょっと、立ちくらみ…しちゃっただけ」
「それなら、いいんだが……少し椅子に座っておくといい」
「……うん、ありがとう」


彼女に言われた通りに近くの椅子に座ると、幾分か楽になった気がした。ピザを切り終えたらしい白鳥が、小皿に取り分けたそれを目の前に置いてくれる。だが、どうしても昨日のことが脳裏を過って……やっぱり食べ物を喉に通すのは、今の僕には難しそうだった。


「はい、これはネコくんの! 昨日から全然食べてないでしょ? 少しは食べて元気出さないと…、」
「……いらねえ」
「いらないって…わざわざ作ってくれたのに、そんな言い方…!」
「うるせえな、いらねえって言ってんだろ! もう、俺に話しかけんな!」


ガシャリ、と叩きつけられた皿の割れる音が響く。白鳥の行動は彼にとって癪に触るものだったらしく、威嚇をするように息を荒げる彼は鋭い瞳で彼女を睨み付けていた。目の前の出来事に、白鳥は身を強張らせて呆然と立ち尽くしている。
……そこに、前のミネの面影なんて何処にもなかった。女の子に悪態をつくなんて、今までのミネだったら絶対にあり得ないことだ。虚ろな目は尖っていて、口元には剥かれた白い牙。どこかで見たことがあるような彼の姿、その姿は――生き写しのようにカーネにそっくりだった。

まるで、カーネのことを忘れたくないかのように暴力的な言葉をミネは紡ぐ。そして、右腕にはめられたブレスレッドを強く握ると、また腕の中に顔を埋めて縮こまってしまった。
再び、静寂が僕らを包む。


「…は、白鳥、ごめん…。彼、まだ気が動転してるだけで、悪気があるわけじゃ…」
「……ううん、いいの! 私がちょっと無神経だった。さっ、みんなで食べよ食べよ!」


口を頑なに開こうとしないミネの代わりに僕が白鳥に声をかけると、少しの間をあけて彼女は明るい調子で机の方に戻ってきた。無理は、していないように見える。でも、その目にはほんの少し寂しさが見えて。綿うさぎもそれを察していたようだが、何も言わずにピザを口に運んでいた。


「……少年、ひとつ質問してもいいだろうか」
「えっと、うん……僕に答えれること、なら」
「身勝手な理由で君達をここに連れてきた私が、問うべきではないことは分かっている。けれど、どうか聞かせてほしい。……君にはまだ、この街を抜ける覚悟がある?」
「それって、どういう…」
「…君は友を亡くした。それはそう簡単に、記憶から消えるものじゃない。もし君が安全な道を望むのなら、この街に居座るという選択肢もあると……そう思ったの。碧目の少年、君はどうしたい?」


綿うさぎが、静かな眼差しで問う。
冷静に、淡々と。

でも、その言葉はどこか弱々しくて…いつものしっかりとした物言いではなかった。彼女は僕達をここに連れてきた張本人で、この街の闇を知っている。だから、カーネの死に関して彼女も少なからず、責任を感じているのかもしれない。


「……綿うさぎ、僕ずっと考えてて…思ったんだ。君は前に、"この街を壊してほしい"と言った。20人近くの人がいて、実現出来なかったってことは……きっと、そうするにはそれ相応のリスクが伴うんじゃないかって。街を壊すことと、この街からの脱出。…それが、僕には深い関係があるように思えた」
「驚いた……少年、君は一体…」
「ただの勘、なんだけどね。…もしそうだとしたら、僕は諦めたくない。綿うさぎのことだから、何か意味があってそう頼んできたんでしょ? それに、命をかけて証明してくれたカーネの死を、無駄にはしたくない。彼のためにも、僕は絶対にここから抜け出したいんだ」


綿うさぎの顔が驚きの表情に変わる。

多分、僕の選択は正しいものではないのかもしれない。食料もある、寝床だってある、その他にも願えば一通りのものは揃うのだろう。街から出ようとさえしなければ、これほど夢のような場所はないだろう。
僕も、それだけだったらきっと心が揺らいでいた。ジャック・オ・ランタン、彼の存在さえなければ。ミッドナイトさんも恐れをなしていた、正体不明の殺人鬼。彼がいる限り、この街が安全とは言い切れない――それならば。

僕の答えはただひとつ、この街を抜けること。
それが、僕の選んだ道だ。


「……ありがとう、少年。君は、強いんだね」
「そ、そんなこと……偉そうなこと言って、ごめん」
「ふふ、そういうところは気弱なのね? 君は本当に不思議だ……、おや? 客人かしら」


緊張が解けたような綿うさぎの表情に、ハッとして気恥ずかしさに俯いてしまう。気づいたら、思っていたことが口をついていた。考え込むと回りが見えなくなる、僕の悪い癖。口を手で隠してくつくつと笑う彼女に、いたたまれない気持ちになっていると。
カララ、と呼び鈴を鳴らす音が聞こえた。


「あっ、綿うさぎこんばんは。あの、縞いたち…見てない?」
「こんばんは、月熊。彼女の姿は見ていないけれど……珍しく一緒じゃないのね?」
「そうなんだあ…家にも行ってみたんだけど、返事がなくって。綿うさぎも見てないのかー…。どこに行ったんだろう、縞いたち…」


呼ばれた音に足を向けた綿うさぎが扉を開くと、その隙間からは一人の少女が顔を覗かせた。高くふたつ結びにした髪の付け根から熊のような耳を生やしており、心なしか垂れ下がっているように見える。どうやら人を探しているらしい彼女の顔は暗くて、ひどく落ち込んでいることが分かった。


「……じゃあ、私も一緒に探しましょう。二人で探せばきっと見つかるよ。少年、悪いがこの話はまたあとで」
「うん、二人とも気をつけて」


……本当は、聞きたかったけど。不安そうな少女を追い返す訳にはいかない。小さな彼女の手を握りながら断りを入れる綿うさぎに返事をすると、パタリと静かに扉が閉められた。

夜が永遠に続く零番街、それを壊してほしいという綿うさぎ。街を抜けることで死んでしまったカーネに対して、何度もハロウィン通りに訪れているという彼女の謎。ミッドナイトさんはこの街を管理しているのに、街のことについてはあまり知らないと言うし、言霊の存在も気にかかる。

とにかく、彼女の願いを受け止めるには、この街の情報が足りなすぎるのだ。


「……金髪くん、私達もちょっと気分転換にお出掛けしない? 君、食欲なさそうだし」
「えっ、でも……」
「ネコくんなら大丈夫だよ! というか、今はそっとしておいた方がいいんじゃないかな。ね、行こ!」
「わ、ちょっ…、ちょっと……!」


僕がジッと考え事をしていると。隣に座ってピザを頬張っていた白鳥が声をかけてきた。その皿は綺麗になっていて、食が進まない僕を見て気になったのだろう。ミネのこともあるし、どこかへ出掛ける気分でもなくて返答を渋っていたけれど。白鳥は勢いよく立ち上がると、僕の右手を掴んで引きずるように扉の方へと駆けていく。ガタガタと椅子を鳴らして転びそうになる僕を見た彼女は、唇を横に引き伸ばしてニカリと笑っていた。


「はい! じゃあ、しっかり私の手握っててね! 飛ぶよ!」
「……と、飛ぶって…! 待っ、う、うわあああ!!」


綿うさぎの家を出た直後。白鳥のその勢いは留まることを知らず、すぐさま背中に携えた白い翼を力強くしならせ始めた。僕はただただ言われた通りにすることしかできなくて、握られた手とは反対の手で白鳥の小さなそれをしっかりと握り締める。

翼が空気をすくい、次第に高くなる視線。ふわりと浮遊感を感じたときにはもう、僕たちは街の上空へと羽ばたいていた。



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