交わる歯車、その合図は(3/5)


「……じゃ、一緒にテレビでも見よっか」
『はい、ぜひ。』
「何か面白いのあるといいけどなー。…、ん?」


どちらからともなく手が離れて。モゾモゾと座り直した霙は、テレビのリモコンに手を伸ばす。電源を入れるとマイクを片手に持った一人の女性が映し出され、見るからに"面白い"とは程遠い映像が流れ始めた。げえ、と顔を歪めた彼はすぐに違うボタンを押そうとしたが、ふと、目に入った字幕にその指を止める。少し緊迫したようすのキャスターの表情と声に、霙は片眉をひそりと動かした。


――……次のニュースです。昨日、ウラウラの花園で火災が発生しました。調べによると、何者かによる放火が原因とのことです。消火活動は終わっており火災による死傷者はいませんでしたが、犯人は捕まっておらず現在捜索中です。くれぐれも、花園付近には近づかないようにしてください…――


「花園って、確かこの近くじゃ……」
『そう、ですね。この森を抜けてすぐのところにあったと思います。』


映像が切り替わり、現場の中継が流れる。画面越しでも相当酷い状況だということが窺えた。
ほとんどを焼き尽くされてしまった花の残骸。火の手は森の方まで広がったようで、草木の一部が焼け焦げている。地面には生々しい消火の跡が残り、美しい花園の面影はもうどこにもなかった。

……昨日。俺達が天文台に行くとき、煙の臭いはしなかった。それは帰って来た時にも同じで。帰りついたのは恐らく、夜の10時頃。ということはそのあと放火されたのだろう。単なる事故か、あるいは。

口に指を添えて、彼は険しい顔つきで考察し始める。誰かの放火による火災…タバコのぽい捨て、なんて可愛いものならばまだいいが、もしそれが愉快犯だった場合。そう考えて真っ先に思い浮かんだのは、先程出掛けた二人の少女の顔だった。放火犯は今もこの付近にいる可能性だってあるのだ。もし、二人の身に何かあったら――…、そんな最悪の想定が彼の脳内を駆け巡る。

すぐにでも彼女達の元へ行かなければ。
そう彼が弾かれるように立ち上がった瞬間――、ビリビリと空気を揺るがすような、低い轟音が屋敷の中を突き抜けた。


「は、……?」


動きを止めた彼が、警戒を示した目つきで視線を横にずらす。本来、壁であるはずだったもの。単なる瓦礫の山と化したそこには、砕かれイビツに広がる巨大な穴が開いていた。削れた壁面から落ちるコンクリートの粒が、パラパラと山の上を弾いて転がる。

吹き抜ける冷たい風に舞う砂塵の向こう、ゆらりと揺らめく複数の影。徐々に砂煙が晴れるその中、眼帯をした長身の男と長い夕日色の髪を携えた華奢な男が姿を現した。


「あーら、ほんと! さすが灯ちゃんだわ。まさか、こんなとこにお宝があったなんてねえ?」
「あはは、俺は何もしてませんよ。居場所突き止めたのは彼女ですから。ね、霰?」
「……でも、命じたのは灯様…、だったので」


女性の口ぶりを真似たような眼帯の男は、ヒメの姿を捉えると高らかに声をあげて片目を歪める。何とも分かりやすい、その態度。隠すような素振りもなく、彼らは確実に彼女の服に飾られた宝石を狙っていた。そして、にこにこと愛想のいい顔で笑う華奢な男が、ふいに紡いだ言葉。霙はそれを聞いて訝しげに眉を寄せる。

問いかけた男の後ろからするりと顔を覗かせたのは、間違いなく。


「あら、れ……」
「…ッ、おにい…!? 何で、こんなとこに……」
「……なあに、このガキとあの男知り合いなの?」
「ふふ、どうやら血の繋がりがあるみたいですね。ということは、あの人も忍でしょうか? ……戦ったらどっちが強いのかなあ」


――霰。
霙からそう呼ばれた彼女は、反射的に顔をガバリと上げると、困惑と驚愕の混じる表情で彼を見つめていた。その瞳は戸惑うように左右に揺れて。そして、俯きがちになる彼女に眼帯の男は目を細め、そのまま視線をもう一人の男にずらすと、不審そうに彼へと問いかけた。

その問いに、彼は。細く長い指を顎に当て、にたりと微笑むと、この状況を楽しむかのように瞳を歪ませて。先程の優しさを纏った視線はどこにもなく、妖しさを秘めたその表情に片目の彼は輝かしく目を奮わせた。


「アハッ、面白そうじゃない! あたしはあの小娘連れてくから見れないけど……、忍くんが追いかけてきたら戦わせてみるのも手ね」
「そうなったときは代わりに俺が見ておきますよ。…じゃあ、霰。あとは頼んだよ」
「……承知、しました…、」


静まる空間の中、楽しげに交わされる不穏な会話。小声で話しているつもりなのか、それともわざとなのか。霙の耳にそのやり取りは筒抜けで、彼の表情が強く歪められる。

再び愛想よく笑いながら出された華奢な男の指示に、苦し気に、了承を示す小柄な少女。床に向けていた視線を、じわりとあげる彼女を見て。霙はヒメの姿を隠すように、その前へと一歩を踏み出した。


「……ヒメちゃん、後ろに下がってて」
『霙さん、まさかあの方は……。』
「…うん。俺の妹、だよ」


ピピ、と鳴る音と共に、彼女のスクリーンに浮かぶ文字。軽く振り向いた霙はそれを目に映すと、にこりと笑みを作りその続きを口にする。僅かに目を広げたヒメの姿を尻目に、彼はまた視線を目の前の少女へ戻すと、挑戦的な口ぶりで彼女に話しかけた。


「……霰、久しぶりだってのに何か穏やかじゃないね。どういうつもり?」
「…ッうるさい! いいから、その女こっちに寄越してよ!」
「なははー、いくら霰でもそれは無理なお願いだって。この屋敷の人たち守るのが俺の仕事だからさ、諦めて帰んな?」


あくまで冷静に、心情を悟らせないかのように。
霙はいつもと変わらない、飄々とした態度で彼女の相手をする。しかし、それが嘘だと少女には分かっていた。家族であり、実の兄、そして臆病な。そんな彼が心の内で焦りを感じていることを、彼女は知っていた。

……だからこそ、少女にも焦燥が募る。
自らの気持ちを殺して、建前の笑顔で割りきることができるのは、彼の得意分野だったから。


「…あたしだって…、あたしだって! 灯様の願いを叶えるのが、あたしのお役目なんだから!」
「……ッ! しまっ、」


彼女の切羽詰まった怒号と同時に、白い煙幕が激しく屋敷内に沸き上がる。――目くらまし。不意を突かれた霙は、得たいの知れない煙に咄嗟に口元を覆う。目と耳、神経の全てをそこに集中させるが、視界を遮る白は想像以上に深くて何一つ、彼に情報を与えようとはしてくれない。

――……ピ、…ピピ……

微かに、彼女の声が聞こえた。
すぐ後ろにいたはずの音が、いつの間にか遠くに聞こえる。ギリ、と歯を鳴らした霙は急くように音の鳴る方へと駆け出すが、気配は紛れ、嘲笑うように流れる風の音だけが耳を掠める。


「…やられた、クソッ……霰のやつ、本気かよ……!」


ガラリ、怒り任せに叩きつけられた壁が、さらに瓦礫に山を作る。切れて、手を伝う血など気にも留めず、壁の向こう側を睨み付ける視線は、鋭く尖る。

――次第に薄れる白煙、けぶり曇っていた視界が晴れたとき。そこには霙以外、誰一人として姿を残してはいなかった。



◆◇◆



青い空の中を、夕焼けの姿が過ぎていく。
隆々とした翼をうならせて空を駆けていたリザードンは、しばらくすると徐々に降下して鬱蒼とした森の中へと降り立った。その背に乗っていた数人が地についたのを確認し、彼もまた淡く身体を光らせ人の姿へと形を変える。


「…ふふ、煙玉なんて霰もやるね」
「ホーント、びっくりよ。ちょっとだけアンタのこと見直したわ。じゃ、あの忍くんが来たら足止め頼んだわよ」
「……そんなこと言われなくても、分かってるし」
「アハッ、さっきの撤回しようかしら! アンタやっぱクソガキだわ」


人の姿になり夕日色の髪をなびかせる彼――灯は、くすくすと笑って霰の顔を見やる。暗い表情を浮かべて目を合わせようとしなかった彼女だが、眼帯の男――類のニヤつきながら発せられた言葉には、キッと睨みつけて小さな悪態をついた。

それに対して、分かりやすく苛立ちを表す類。
彼らにとって日常的なその風景、ただひとつ違うのは。類の片腕に、宝石を飾る少女の存在があることだった。


『…離してください。』
「なに、この小娘。喋れないの? …結構力が強いのね、邪魔だから折っちゃいましょ」


類の腕に抱かれたヒメは、距離をとろうと彼の身体にグッと手を押し当てる。彼は宙に浮かぶスクリーンの文字を不思議に思いつつも、その見た目とは程遠い強靭な腕の力に軽く眉を歪める。

そして。平坦な口調で、何のためらいもなく。
彼女に回していた腕をするりと外すと、もう片方の手と共に彼女の右腕を掴み、本来曲がるはずのない方向へとその腕をへし折った。


『……!』
「あら、機械…? ふうん、通りで力が強いわけね。フフ、もう一本もこうなりたくなかったら大人しくしてなさい。全部バラしたらアンタだって死ぬでしょ?」


バチ、バチリと肘辺りから千切れた配線が火花を散らす。ほぼ機械の身体、痛覚は残っていない彼女だったが。目の前であっけなく壊れてしまった自身の腕に、ガラスのような瞳が小刻みに揺れ動く。類はうろたえる彼女を見て満足気に口端を上げると、まるでゴミでも捨てるかのように、乱雑にその腕を地面へと放り投げた。


「……あれ? 持って行かないんですか? 爪のところに宝石ついてますけど…」
「やあね、灯ちゃん。それ本気で言ってるの? あの子怒らせるには、こういうのが一番いいんじゃない」
「…なるほど。はは、類さんも人が悪いなあ」
「フフ、そんなの今に始まったことじゃないわ。……まあ、そんなことはどうでもいいのよ。アタシ、先に行くから」


転がる腕の先、そこには確かにきらりと光る宝石がついていた。種類は恐らく、トパーズとサファイア。爪先で輝くその二色の石を、彼が見逃したことに疑問を覚えた灯が指摘するが、それは彼にとって予想の範疇だったようで。

悪どく笑みを作る彼の意図を理解した灯はゆるりと微笑み、ヒメの片側に残った腕を掴んで立ち去ってゆく彼を見送る。

――が、しかし。
その類の行動は叶わず。突如、風を切る音に乗じて地面に突き刺さった何かが、彼の行く手を阻んだ。


「……はあ、やーっと、追いついた。行く、前にさあ……そのきったねー手、離して、くんないかな?」


衝撃で抉れて飛び散った土くずを嫌々しく払い落とす類は、背後から聞こえた声にじろりと目を向ける。――空を覆い隠す、木々の中。そこには、息を切らして額に汗を滲ませる、霙の姿があった。


「……やだわ、ガサツな男は嫌われるわよ? アタシはそういうの、だーい好きだけど」
「…アンタに好かれたくもねーし、嫌われて結構ってね」
「あら、残念。でも、せっかくだからコレ、忍くんにあげるわ。アタシからのプレゼントなんて滅多にないんだから、大事にしてちょうだいね?」


ザ、と降り立つ霙に身体を振り向かせた類は、苛立ちを見せていた顔を、急に笑顔に変える。そして、目の前に転がっていたモノを勢いよく蹴り上げた。

その行動に身を守るように構えた霙だったが、向けられたそれは彼の手前でポトリと落ちる。敵意ではないことを不可解に思った彼は、窺うように"プレゼント"と称されたそれに視線を向け。それを目にした彼は、明らかに動揺の色を隠せないでいた。


「……おい、これ…どういうことだよ……」
「だって、邪魔だったんだもの。忍くんだって邪魔なものは取り除くでしょ? それとおんなじよ」
「……ッざけんな!! ヒメちゃんだって、生きてんだぞ!? …許さねえ、お前は俺がブッ潰す…ッ!!」
「あー、ヤダヤダ。そうカリカリしないでほしいわ。遊んであげたいとこだけど、アタシも忙しいのよ。だから、そこのガキが代わりにアンタの相手してくれるわ」


あっけらかんとした態度で語る類に、霙は牙を向くように叫び散らす。――そう、彼女は生きている。人ではなくても、感情がある。言葉だって話せる、それなのに。無情にも動かなくなった目の前の腕は、もう機能しないことを意味していた。数分前まで動いていた彼女の腕、それが今では。

沸々と怒りを宿し、自分のことのように怒鳴る霙を、ヒメは悲痛な面持ちで見つめる。対する類は、めんどくさそうに溜め息を吐いて一度前髪をかきあげると、その手を下ろしスッとある一点へと向けた。

そこに、いたのは。


「……、霰…!」
「フフ、霰は優秀だからちゃんと従ってくれますよ。ねえ、霰?」
「……おにいが、その気ならあたしはここをどかない。それが、あたしの仕事だから」


霙から見て右の位置、そこには何かを耐えるようにして拳を握り締める少女――霰がいた。

隣に笑顔で立つ灯が軽やかに、そしてどこか圧を含む言葉で霰に問いかけるが、それには答えず。彼女はうつ向かせていた顔をゆっくりと上げると、覚悟を決めた強い眼差しで霙に向き合う。その姿に灯は一瞬笑みを止めるも、再びくすりとひとつ笑って、程よく顔を出してた大木の根へと腰をかけた。


「じゃあ、僕はここで眺めてますから、思う存分殺り合っちゃってください。…あ、影分身しようとかは考えないでくださいね。その場合は、俺も容赦しませんので」
「……ッとに、どいつもこいつも胸くそワリィ奴ばっか。霰…、本気で退く気はねえんだな」
「…そう、言ってる! そうしなきゃ、いけないの……!! おにいが相手だからってあたし、手を抜く気はこれっぽっちも、ないんだから…ッ」


長い足を組んで見透かすように笑う彼に、霙はチッと思わず舌を鳴らす。ここは分身に任せ、類の相手をしようと思っていた彼だが、それは見通されていたようで。さすがに二対一では分が悪い、そう考えた霙はあえなく組みかけた手を下ろした。

……出来れば、戦いたくはない。
そう、願いを込めて念を押すも。彼女は本気らしい。本気で殺り合おうとしている。しかし、それが嘘だと霙には分かっていた。家族であり、実の妹、そして強がりな。唇を震わせて今にも泣きそうな彼女が、心の底ではそう望んでいないことを、彼は知っていた。

視界の端でヒメを連れて消えていく類の姿。
今、彼女を救えるとしたら、自分しかいない――それならば。

霙は一度目を閉じると、彼もまた、決意を秘めた瞳で彼女に眼光を向ける。
そこに、兄の顔は映ってはいなかった。


「……ごめんな、霰。こっちだって、そう簡単に退くわけにはいかねえんだよ」


目的のためならば、相手が誰であれ遂行する。
たとえそれが、血の繋がった妹を殺めることになろうとも。

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