第四章(8/13)


***

兵太は、客室の並ぶ長い廊下に降り立った。
暖かい光に照らされた赤い絨毯が隅まで行き渡り、シックな装飾に彩られた客室のドアが整然と並ぶ様子が、今はひどく不気味に感じられる。

「さて、一〇六号室は……と」

一〇六号室は、リョウ、そして昴が電気玉を作っていた、ゆのの宿泊部屋である。
そろそろ約束の時間だ。絆優が出発した時間を考えれば、すでに電気玉を作らなくてもいい頃だろう。
……又、作戦が失敗したと此処へ引き返して泣いている絆優の姿があっても、何もおかしくない。
想定の範囲内だ。彼女を責める理由など、どこにもない。
むしろこんな危険なフライトを彼女にさせた自分が、情けなくて仕方がなかった。

一二〇号室、一一九号室……と、兵太は部屋を数字と共に辿って行く。ここは三階だが、部屋番号は一〇〇の数字から始まる。
静か過ぎる廊下は他に誰も居ない証なので大変結構なのだが、横でやいやいと言い合う声が聞こえないのは、どうにも慣れない。
単独行動は慣れていたはずなのになあ……と兵太は内心、溜め息を吐いた。
少しでも寂しい、と感じてしまった自分が情けない。情けないが、そんな自分が誇らしくもある。酷い矛盾だ。
早くリョウや昴と合流して、この何ともいえない違和感を払拭してもらわなければ。

「ん……。ここだな」

目的の部屋まで辿り着く。
鍵を差し込み、兵太はがちゃりとドアを開けた。部屋に明かりは無い。

「よお。ご苦労様。どうだ、絆優嬢は……」

「兵太さんっ、来ちゃ駄目だあ!!!!」

刹那、背後から首を掴まれ物凄い圧力で床に叩き付けられた。顔面に痛みが走る。
咄嗟のことで反応できなかったが、この老戦士も負けてはいない。腕と首、背中の筋肉に血を滾らせて、身体と床の間に空間を作る。

「はぁっ!!」

腕立ての姿勢を取ったまま、重心を左腕に移動させ、右足で背後の敵に回し蹴りを食らわせる。
案外軽い感触。黒い小さな相手は壁に向かって吹き飛ばされた。軽くなった自身の身体に安堵したのも束の間。今度はその背後からいやに大柄な影が現れた。

「な……っ!?」

先程の倍……いや、それ以上はあるだろうか。生臭い嫌な風と共に現れたその影は兵太の胸倉を掴むと、乱暴に兵太を部屋から引きずり出し、勢いに任せバルコニーの手すりに兵太の首を押し付けた。

「がっ、はぁ……っ!」

気管が潰れる衝撃に目が眩む。
急いで体制を立て直そうとバルコニーの手すりを掴むが、太い腕はそのまま動かなくなってしまった。
影縫いだ。

「ぐっ……、う……っ」

ちかちかと視界が点滅する中、バルコニーに更なる人の気配を感じた。
そこには。

「へ、兵太さあぁぁん……」

涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしたリョウ。その傍にはぐったりと横に倒れている、ぼろぼろの昴の姿があった。
そして。

「やあやあ、お待ちしていましたよ。鼠達のリーダーさん」

シルクハットを被り、カイゼル髭を蓄えた一人の男が立っていた。


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