ゆのが居なくなったとは、一体どういうことだ。
先刻、夢来は思わずミツキの肩を強く掴んでいた。その力の強さに一瞬怯んだものの、彼女はしっかりと応えてくれた。
そんな少女の姿は今、自分達の先頭を切って走っている。
「場所は!? 分かっているのか!」
「ええ。こっちよ!」
夢来の質問に、ミツキが応えた。
屋内に入り、船内の通路を駆け抜ける。
「ここへ向かう途中、黎明くんに会ったの」
「ええっ?」
新が思わず声を上げた。黎明は確か、智秋と共に操舵室へと向かった筈だ。
「黎明くん、攫われたゆのちゃんを見たって言ってた。今も智秋くんが尾行しているから、あなた達と合流した後、一緒に来てほしいって言われたの」
屋外へ出て、少女が非常階段を駆け下りる。
夜明け前の風が吹きすさぶ中、他の者達も後に続いた。
そんな中、夢来はひとり、疑念を払えずにいた。
あの黎明がゆのを見つけたとして、彼が何もせず、ただじっと待っていられるだろうか、と。
「あっ、黎明くん……!」
ミツキが思わず声を上げる。
左舷の半ばに位置する場所。右手には中庭に続く通路が在り、左手には漆黒の海が広がる。
そんな場所に、黎明は立っていた。
「あ……、みんな。来てくれたんだねえ……」
ゆっくりとこちらを振り向き、笑顔を浮かべる黎明。
しかし。
「逃げて……」
「え?」
「逃げてえええっ!!!!」
黎明の絶叫。動かない身体。
気付いた時には全員、金縛りの様に身体の自由を奪われていた。影縫いだ。
背後には大きな体躯を持った何者かが居るのを感じる。おそらくこいつの仕業だろう。
「黎明っ! くそ、どういうことだ!?」
「てめぇ!! 嵌めやがったなあ!?」
「ごめんなさ……っ、ごめんなさいぃ……」
夢来と真想が問いただすも、黎明は泣きじゃくるばかりだ。
そこへ、右手の通路から小さな影が現れた。
「あーあ、かわいそ。こんなに泣いちゃって」
赤い眼を鋭く光らせたそのポケモンは、小さなニューラだった。
「時間が無い。おい、人間の女」
「えっ」
「来い」
人間の女とは、ただ一人。ミツキしかいない。
少女の拘束のみが外される。
刹那、彼女は考えた。この場で今、打開する方法はないかと。
しかし。
「変なことを考えるんじゃねえぞ。こいつの状況をよく見ろ」
いつの間にか、ニューラは自身の四肢を黎明の頭部に巻きつけ、鋭い爪を喉元に宛てていた。
ミツキが息を呑む。
「分かった。そっちへ行くわ」
震える声を抑えて返答する。
皆の心配そうな視線を尻目に、彼女はニューラと黎明の元へ向かった。
「いいぞ。そのまま中庭に入れ」
ニューラが命令する。少女は言われるがまま右手に曲がり、中庭へ続く通路を歩いて行く。
「ちょ、ちょっと待ってよおっ」
声を上げたのは、黎明だった。
喉元にニューラの爪が喰い込む。
「約束は? ミツキちゃんを連れてきたら、智秋を返してくれるんでしょう? ねえ、智秋はどこ?」
「黙れチビ。大体、誰がこんな大人数を連れて来て良いっつったんだよ……。大人しくしてろ」
ちり、と爪が喉元を切り、血が滲んだ。
しかし、黎明は怯まない。
「約束したじゃない。ねえ、智秋は? 智秋を返してよ。ねえ、ねえってばあ……っ!」
「なっ! くそ……!」
いくら押さえ付けても怖気づかない黎明に、ニューラが気圧されバランスを崩した。
その瞬間を、ミツキは――――否、ミツキに化けていたゾロアークは見逃さなかった。
「うらあっ!!」
「ふにゃあっ」
振り返りざまに放った一波、ナイトバーストはニューラを黎明から引きはがした。
同時にイリュージョンで陽の姿となっていたミツキの姿も元に戻される。
「は、陽クン……っ!」
「大丈夫か、黎明!!」
駆け寄るふたりへ、すかさず影の手が伸びる。それは皆の背後から動きを封じている影縫いと同じものであった。
しかしその猛進は、すんでのところで止まることとなる。
「へっ。まんまと騙されやがった……、な!!」
瞳が吠えた。
彼が影の主を掴み上げ、体当たりで相手と共に倒れ込んだのだ。
全員の影縫いが解かれる。
そこに組み敷かれていたのは、この辺りでは滅多に見ることのない――――矢羽ポケモンのジュナイパーだった。
「お前、俺が単ノーマルって知らなかったろ。生憎だな。俺に影縫いは効かねえ」
相手を羽交い絞めにし、ぎりぎりとその羽根を握り締める。
しまった、とジュナイパーは思った。
人型のせいでポケモンの種族まで気付かなかった。それにこのポケモンは仲間の様子を見て、影縫いに掛かった‘’ふり’’をしたのだ。
きっとその間に、ノーマルタイプの技でもゴーストタイプに触れられる様、『見破る』を使ったのだろう。
「覚悟しな、お化けフクロウ!!」
ニィ、と目尻を上げる瞳。
そして背後からはじりじりと真想、絆優が寄って来る。
向こうでは夢来、陽によって、先程転がったニューラを回収しようとしている様子が見える。
詰めが甘かったな。
ジュナイパーがそう考えながら目を瞑る。そして。
「あっ!?」
ジュナイパーの身体は一瞬にして、地面に貼り付く影の中に吸い込まれていった。
それとほぼ同時に小さなニューラの姿も、あっけなく影に呑まれて消えてしまった。
「消えて……、しまいましたね……」
絆優がほっと息を吐いて呟いた。
一瞬の間。
しかし、まだ取り戻せていないものがある。
「中庭……」
黎明がぽつりと呟く。
「中庭に、智秋と……、ゆのちゃんが、いるはずだよお……」