最終章(5/7)


「てめえ……っ!!」

真っ先に声を上げたのはゆののパートナーである夢来だった。
迷わず飛び出そうとする夢来を、新と陽が必死に抑える。

「くっ、おい離せ……!! ゆのを……っ、ゆのを返せぇ!!!!」

「待って! 落ち着いて、夢来!」

「黙って聞いてりゃ好き勝手しやがって!! 銃を下ろせ!! その手を下ろせえっ!!」

普段は大人びている彼が今、こんなにも取り乱している。新は涙を浮かべながら抑えつけた。
腕も心も、痛かった。

「夢来! あいつが何を言い出すのか、ちゃんと聞こう……!」

陽も、夢来を諭す。

「守るものを、守るためだ」

震える陽の声に、夢来はハッ、と息を止めた。
ぎりぃ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。

「ふん……。そろそろ良いですかね」

カイゼル髭の男が肩をすくめた。銃口は変わらず、ゆのの額を捕えたままだ。

「ジュペッタの少年。今直ぐその指輪を床に吐き出しなさい。さもなくば」

男が、拳銃の撃鉄を起こした。

「彼女の頭が吹き飛びま」

言い切るより前に、智秋の口からは例の指輪が落とされた。
指輪はくるくると地面を回った後、その場にことりと倒れた。

「これでいいんでしょ」

「賢明な判断ですね」

そう言って男は拳銃をゆのの額から離し、ハンカチ越しに指輪を拾うと、何やらぶつぶつと文句を言いながら懐へ仕舞った。

「全く、とんだ悪童に出会ってしまったものだ……。さあ、君はもう用済みです。縄を解いてやることは出来ませんが、転がるなりなんなりして、あっちへ行ってしまいなさい」

男はしっし、と虫を払う様な動作で智秋をあしらう。
しかし、智秋はその場を離れなかった。

「おねえちゃんは? ゆのおねえちゃんもいっしょに、かえしてくれるんじゃないの?」

智秋の質問に、カイゼル髭の男はちっ、と舌打ちをした。
智秋が目を細める。

「残念ながら、まだ彼女を返すわけにはいきません」

「なっ!! てめえ、ふざけんな!!」

先に反応したのは夢来だった。
裏返った声が中庭に響く。

「なんでだよ!! なんでゆのを……!!」

「なんで、ですか。ふむ…………」

カイゼル髭の男は顎に手を当て、しばらく考える素振りを見せた。
そして一度頷くと、ミツキ等の方へ向かって尋ねた。

「君達はこの船に、ある大企業の社長令嬢と、その婚約者が乗っていることはご存知かね? 婚約者の方にはかなりの大男がボディガードに付いていましたから、とても目立っていたと思うのですが……」

社長令嬢、そしてその婚約者……?
そんな人物、見たことも聞いたことも無い。
ディナーパーティに参加して様々なトレーナーと会話を交わしたゆのとミツキでさえ、初耳である。
…………大男なら、どこかで見た覚えがあるが。

「その婚約者……まあ、こちらも中々のお坊ちゃんなんですけどね。この坊ちゃんが、やれ金遣いが荒いわ、女遊びは激しいわで、それなりに酷い人間性の持ち主でして……。私達は社長令嬢側の方から依頼を受けているんですよ。この婚約を穏便に、なかったことにしてほしいってね」

そう言って、男は横のジュペッタ……智秋を一瞥する。

「そこで考えたのが、あの偽の婚約指輪ですよ。この指輪の本物は、元々その一家に代々受け継がれてきた伝統的な指輪なんです。簡単に言えばただの財産の生前贈与ですが……、その歴史から指輪そのもの以上の価値があるといって良いでしょう。そして……」

男が前を見据え、話を続ける。

「その指輪をすり替えるのが、まさにこのカクタス号での船上パーティの日だったのです。この騒ぎに便乗して、令嬢の婚約指輪とすり替える予定だったんですよ。その後どうするかは、あなた方の想像にお任せしますが……。まあ、こんな騒ぎになってしまったので、今回の作戦は失敗しましたが」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

口を挟んだのは、新だった。

「この船上パーティは、ロケット団とおじさん達が仕掛けた罠だったんでしょう? こんな騒ぎって……。全部、自分達のせいじゃない!!」

男は口をへの字に曲げると、片腕を腰に当てて言った。

「裏切ったんですよ。ロケット団がね。我々はこの船に爆弾を仕掛けたり、外から砲撃するなんて話は聞いてない。こちらの目的は指輪のすり替えと、その令嬢と婚約者のトレーナーカード。そして――――」

男の双眸が、ぎらりと光った。

「令嬢をロケット団に引き渡すことです。まあ、裏切られたのでこちらも裏切るまでですがね。本物の令嬢は渡さず、この少女を身代わりに引き渡します。有難いことに、ロケット団はその令嬢の素性を知りませんからね」

ひゅ、と夢来の喉がひくついた。

「ふざけんな!!!!!! ゆのを、ゆのを身代わりにするつもりか……っ!! そんなことして、てめえ!!!!!!!」

新と陽を振り払う。それと同時にペンドラーへと姿を変えた。
喉が熱い。
全身に灼熱の鉄を流されているようだ。
目の奥が瞬いて、痛い。
痛みなんて慣れているはずなのに、皮膚の内側から、血液から膨れ上がる痛みに、耐えられない。
腹は空っぽで何も入っていないのに、胸から突き上げるこの苦い塊は、一体、何だというのか。
返せ。
返せ、返せ、返せ、返せ。

俺の、大切な

「夢来、待って!!」

新の制止など聞こえていない。
ペンドラーは毒針を相手に投げつけたかと思うと、全身を丸めて急加速で突進していく。

「くそっ、敵陣に頭から突っ込む奴があるかよ……!」

瞳が悪態を吐いて、原型の姿に戻った。
他の者も皆、各々の臨戦態勢に入る。
夢来の身体が相手に届くまで数メートル。カイゼル髭の男は迷わず、ペンドラーの進行方向に向かって拳銃を撃った。
ぱん、ぱん、と乾いた音が空を裂く。
それでも猛進を止めないペンドラーは、身体を翻し、頭角を鈍色に光らせて男に飛び掛かった。
メガホーンだ。

「く……っ」

男が堪らず発砲する。弾は、ペンドラーの右脇腹を捕えた。
それでも勢いは止められず、男とジュナイパー、そしてオレンジ色の髪をした少年は飛び退き、攻撃を避けた。
避けた後の床には大きな穴が開き、その上を覆う様に――――傍に居るゆのを庇う様に、夢来は男の前に立ちはだかった。

「……っふ、分かりましたよ。彼女は諦めましょう」

唸るペンドラーへ苦笑いを浮かべながら、男は言った。
そして、どこからかステッキを持ち出し、するすると伸ばしていく。三十センチメートル程だったステッキは、あっという間に男の足先から腰までの長さになった。

「本当は、あちらに居るお嬢さんも身代わり要員にする予定だったんですがね……。こんなにも気の強いナイトがそれぞれ付いているなんて想定外でしたよ」

ミツキ等の方を一瞥し、男は微笑んだ。
そして、いつの間にか人の姿に戻りゆのを助け起こしている夢来の方へ視線をやると、にんまりと笑ってこう言った。

「人間とポケモンが一緒になるなんて苦労しますよ? 主に夜の」

「てめえそれ以上言ったらまじでぶっ殺すぞごらあっ!!」

渾身の力で叫ぶ夢来に対して、男はくくくと小さく笑った。
そして、それからの男の行動は早かった。
自身のポケモンと、オレンジ色の髪の少年――――ロトムをモンスターボールに仕舞ったかと思うと、持っていたステッキを逆さまにし、柄の部分に片足を掛ける。
そして何もないところを、クイ、と引っ張った。その瞬間、ぼん、ぼん、ぼん、という音と共に、男達の周囲に煙幕が張られた。何故かやたらカラフルで、キラキラしている。

「それでは、アデュゥー!」

気付いた時には男は上空へ、見えない糸に引っ張られるようにして、ステッキに乗り飛び去って行った。
こちらに、謎の投げキッスを寄こしながら――――。


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