「ったく、とんでもねえ野郎だったぜ……」
悪態を吐きながら、夢来はゆのを縛っていた縄を解いていく。
向こうでは陽が智秋の縄を解いている様子が伺える。
「むっくん、怪我……」
「怪我、じゃねえよ。ばか」
軽く丸めた拳を、ゆのの額に当てた。
大して痛くもない鉄槌に、あう、と声を上げるゆの。そんな彼女に、夢来は溜め息をついた。
「ゆの、あのなあ。危ないことに首を突っ込むなって、いつもいつも言ってるだろうが。こんな泥だらけ……泥じゃねえな。何だこれ。煤か? ……じゃなくて、そのふりふりした恰好も何なんだよ。どうな……って……」
夢来の小言を遮る様に、立ち上がるゆの。
縄は全て解いてもらっており、両手でぱんぱんとスカートの汚れを払った。
そして、その場でくるくると回ってみせる。
「何って、ドレスだよ。むっくん、どうかな?」
スカートの裾をつまんで、ひらりと宙へと投げてみせる。
上品に膝を曲げ、こちらに微笑んだかと思うと、すとん、と夢来の前まで舞い降りた。
「ね、可愛いでしょ」
そんな、笑顔を向けられても、だ。
「かっ、かわいい……。だっ、け、けどなっ、その、短えんだよっ! スカート!! そんなふりふりひらひらさせんな!!」
「えへへ。分かった」
顔を真っ赤にして目を合わせない夢来に、ゆのは微笑んだ。
「むっくんが来てくれて、良かった。ありがと」
「お、おう……」
夢来はちら、とゆのの方を見ると、また更に視線を下げた。
そんな彼の元に、陽と新が両サイドからタックルを仕掛けた。
「なーに照れてんだよ、夢来! 素直に可愛いって言ってあげればいいじゃねーか! なぁ新!」
「そうだよ夢来ーっ! こんなふりふりの服、ゆのは滅多に着ないでしょー? とっても似合ってるんだから、もっと可愛いって褒めてあげるんだよぉー!」
「だぁーーーーっ!!!! うるせえぇーーっ!!!!」
二匹の無駄な攻撃を受けた夢来は、先の戦闘もありへとへとである。
疲労しているのはここに居る誰もがそうなのだが、特に絆優の負担は大きかったようである。彼女は今、ゆのの膝に縋りついてわんわんと泣いている。大切に想うトレーナーが命を奪われそうになる恐怖を何度も味わった小さな身体と心は崩壊寸前だったようで、彼女は主に会えた安堵により、堰を切ったように涙をあふれさせていた。
そんな中、どこからか聞き慣れた声が響いてきた。
「おおーい! 皆、無事かー!」
「ああっ、兵太さん!!」
真っ先にその声を聞き取ったのは、先程まで泣きじゃくっていた絆優だった。
兵太が中庭の向こう側から、走ってこちらに向かって来ていた。
彼に満面の笑みを浮かべる絆優の反応に、驚きを隠せないゆのや真想。
そんな周囲の目を他所に、絆優はゆのの懐から顔を上げて立ち上がった。
「絆優嬢!! ははは、すごいな。大手柄だ。間違いなく、此度のMVPは絆優嬢だ!!」
兵太は彼女等に近付き、絆優の頭をがしがしと撫でた。
「すまなかった……。すまなかったなあ、絆優嬢。怖い思いを、いっぱいさせてしまったなあ……」
「ふわああああん。兵太さん、ありがとうございますぅ〜!!」
大粒の涙をあふれさせる絆優に、兵太は撫でながら泣くな、泣くな、と指で涙を拾ってやる。
そんな絆優と兵太の様子を、唯一鬼の様な形相で伺う者がいた。
真想である。
「ちっ。ブスがいつまでもびーびー泣いてんじゃねえ! ブスの泣き声は耳障りなんだよ!! ブス!!」
「ひっ! ご、ご、ごめんなさいぃ。真想さん……っ」
急にぐずぐずと怯える絆優に、驚く兵太。
兵太がゆのの表情を伺うと、彼女もやれやれといった様子で肩をすくめている。
どうやらいつものことらしい。
「おいおい。そんなことを言っては絆優嬢が」
「ああん? やんのか糞ジジイ」
「まだ何も言ってねえぞ……」
また強烈なポケモンを連れ歩いているものだ……と、兵太はゆのに感心した。
まあ恐らく、ゆのというよりはあのペンドラーが皆のまとめ役なのだろう。周りに比べて、比較的落ち着いた物腰をしている。
しかし、このやけに絆優へ突っかかっている青年の様子は、いかにも、いかにも……。
「おお、そうか! さては絆優嬢に、ホの字だな!?」
「はっ、はぁ!?」
「わっはっはっは! お前、見る目があるなあっ!! 気張れよ〜〜青年!!」
「はあぁああああっ!? てっ、てめええええっ!!」
「ホ……の字って、何ですか?」
「うるせえブス!!!! 俺も知らねえ!!!!」
「は、はひぃ……」
気圧される絆優に、兵太はまたわははと笑った。
そして兵太は腰に手を当て、一息の溜め息を吐いた。
空を見上げると、雲が流れてゆくのが見えた。
上空では強い風が吹いているのだろうか。雲の隙間から覗く星々が、ひどく煌いて見えた。
「はっ、そういえば兵太さん、爆弾は……! 爆弾は、どうなったんですか!?」
突然、弾かれたようにその存在を思い出した絆優は、慌てて兵太に尋ねる。
すると兵太は、空を睨むように目を細め、腕組みをして絆優に応える。
「うーん。それなんだがな……。爆弾は、発見した。発見したし、回収も済んでいる。もうこの船は爆破なんてされない。…………だがなあ」
遠くで、海鳥の鳴く声がした。
「爆弾に繋がるケーブルが、断線してたんだよ。恐らく爆弾が設置された後、誰かが意図的に配線を切ったんだろうなぁ……」