十一月、愛は対話であると知る。
「今日はあったかくてよかったね」
少し肌寒い風が私たちの間を吹き抜けていったけれど、太陽光線がそれを中和する。
「最近急に冷えたなー! 朝晩寒くて起きられなくなってきたし」
“たまには散歩でもするか、平日は外回りしててもデスクワークも多くてどうも運動不足だしな”、そんな秋紀くんの提案で、日曜日の午後にふらりと二人で家を出た。軽い足取りで歩く彼の腕の中には、布袋に収められたバレーボールがあった。
同棲し始めてから三回目の秋が、終わろうとしている。銀杏の並木通りはその姿をすっかり緑黄から鮮やかな黄色へ変えていた。アスファルトの上に絨毯のように敷き詰められた落ち葉を踏みしめて足を進める。一年経つのが毎年どんどん早くなっている気がする。十九歳を境に人間の体感時間はどんどん早くなるとどこかで読んだ。二週間前くらいにブラックジャッカルの試合を観戦したつもりだったけれど、行ったのは七月だからもう四ヶ月も前なのだ。今年もあっという間だね、と話すと秋紀くんには毎年同じこと言ってるぞと指摘される。
とうとう異動の話を言い出せないまま、十一月になってしまった。もうそろそろ会社には返事をしなければならない。時間だけが私たちを逆らうことのできない潮流で押し流す。
「お前最近バレーボールやってないだろー?」
「本当にやってない! ちゃんとしたとこでやったのってもう十年前くらい?」
私たちは二十分ほどかけて市内で一番広い公園までやってきた。総合公園と銘打っているだけあって駅から徒歩五分という立地にも関わらず端が見えないほど広大さを有しているようだった。遠くで子供たちのはしゃぐ声が響いている。
園内に入ってまたしばらく進むと、視界の前方が開けて芝生広場の入口が見えた。
「久々に対人パスでもやるか」
「ブランクがすごくてオーバーとかできないかも」
日曜日とあってか、広場は家族連れが多い。どこからか飛んできた誰かが吹いたシャボン玉の群れを躱して、隅の方に陣取ることにした。
着ていたトレンチコートを脱いで、トレーナーの袖を捲る。
「やる気じゃん」
「絶対勝つからね」
「対人パスはそういうんじゃねえけどな、ほれ」
山なりに飛んできたボールを、オーバーハンドで打ち返す。少し軌道がズレてしまったが、秋紀くんはすかさずレシーブで拾う。体勢を崩しているのにボールは綺麗な放物線を描いて私の手元に綺麗に戻ってくる。……現役はやはり違う。
「お、フツーにうまいじゃん」
「思ったより体に染み付いてたねー」
いわし雲の浮かぶ空に、青と黄色のボールが舞い上がる。
私は覚悟を決めて、彼に問いかけることにした。
ずっと、聞かなければならないと思っていたことを。
「秋紀くんはさー」
「んー?」
「バレーボール好きー?」
「何だよいきなり」
「今の会社でさ、続けたいと思う?」
「そら当然、続けたいけど……」
「……じゃあさ、結婚しない?」
「おう——え?」
私が放った言葉とボールは頭上で構えた秋紀くんの手からすっぽ抜けて、見事顔面にクリティカルヒットした。そのまま芝生の上にバウンドして転がっていく。
「え? 今の何? 俺に都合のいい幻聴?」
「幻聴? どれが? 結婚しようって言ったこと?」
「幻聴じゃねえのかよ!」
「……嫌なの?」
「嫌じゃないけど! そうじゃなくてさ……」
いきなりどういうことだよ、と詰め寄られる。言葉以上の意味などどうもこうもないのだが、彼の頭の上にはクエスチョンマークが無数に増えていくし、困惑しきりの表情がなんだかおかしくて、思わず吹き出してしまう。
「なんで笑うんだよ」
「やっぱり、ちゃんと話すべきだよね」
地面に落ちたボールを拾って、私はラリーの再開を促した。まずは話さなくては。私たちの今と、これからの話を。
対話は、人類にだけ許された特権なのだから。
「——なんかさ、転勤の打診が来てて」
言葉とボールの応酬が続く。
「え? ……どこにだよ」
「富山」
「富山!?」
「ほら、あそこうちの支社あるじゃん?」
「あるけどさ……いつ?」
「来年だって」
「結構すぐじゃねえか」
「行けば必ずステップアップになるって課長は言うんだけど……でも引越しは確実になるから、一緒には住めないと思うの」
色々自分の中で考えて、やはり秋紀くんとは話し合う必要があると思った。戸籍上はまだ赤の他人だけど、生活を共にしている以上私一人だけに決定権のある話ではないと、そう思ったのだ。
「お前は、どうしたい?」
「私は…………」
「うん」
「まだ、迷ってる」
私の絞り出した答えを聞いて、秋紀くんは肯定も否定もしない。ただそうか、とだけ呟いた。
「お前の決めたことを、俺は応援することにする」
綺麗な弧を描いて飛んできたボールを手で受け止めて、彼は続ける。
「……まあ、俺個人の感情が邪魔しちゃいけないって頭では分かってるんだよな。だけど、ずっと一緒に暮らしてきて、また一人に戻るのは寂しいっていうかさ……お前が思ってるより、お前のこと……超好きだからさ……」
そう言って、耳朶を赤くすると気恥ずかしそうに頸を掻いた。こういうところだけはなんだかちょっと不器用だけど、時たまこうして言葉にして伝えてくれるのが、どうしようもなく好きだった。
「うん、ありがと。もうちょっと考えてみるね」
晩秋、愛は対話であると知る。
「言っとくけど、本当に寂しいんだからな俺は! 嘘じゃないからな!」