四月、共通点は最初のステップ


「え、ジャカ助じゃん」

私のリュックに提げられたぬいぐるみキーホルダーを見た男は、そう驚きの声を上げた。
時勢は春。さらぴんのワイシャツとパンツスーツを纏って通勤なるものを始めてから二週間が過ぎた。新入社員研修が終わりいよいよ各々の部署に配属といった時期である。

研修最終日、戦友にもなりうる同期たちの親睦を深めるべく懇親会……というか決起集会が開かれることとなり、同期十五人が会社の最寄駅の居酒屋に集った。

その中の一人、目の前に座っていた背の高い黄褐色の髪をした同期社員が、私のリュックに吊るされたジャッカルをデフォルメしたキャラクターのキーホルダーを見て、見事に名前を当てたのだった。

「え、そうそう……これジャカ助。よく知ってるね」
「BJのマスコットキャラだよな?知ってるよ」
「珍しー、プロ野球のマスコットとかじゃないからあんまり知ってる人いないんだよね。あー、ごめん……名前なんだっけ」
「ディビジョン1でもまだまだ知名度がなー……」
あ、俺木葉秋紀。来週から営業第二担当。彼は私の失礼な質問に臆することなく人の良い笑みを浮かべて答えた。

「私は経営企画担当。フロア一緒だね」
「ってか何、バレーとか見んの」

生ビールのジョッキを煽って、木葉くんは私に食い気味に尋ねた。

「見るよー、弟と小学校からずっとバレーやってたからその影響でさ」

私には年子の弟がいた。二人でずっとバレーボールという競技を続けていたが、私は高校に入る前に受験等々が忙しくなり入っていたジュニアクラブをやめてしまった。いまだにプロリーグは観戦しているが。
彼は私の競技経験を聞いて、途端に目を輝かせた。

「マジか!俺もやってる!というかBJに俺の高校の時のチームメイトいる!」
「うっそ、誰!?」
「分かる?……コイツ」

彼はスマートフォンの検索エンジンを立ち上げると、MSBYブラックジャッカルの公式サイトにある選手一覧ページを開き、一人の選手をタップして私に見せた。派手な黒メッシュ混じりの銀髪。腕を組むプロフィール写真の下には「木兎光太郎」の文字。

「えっ、木葉くんって木兎選手と同じチームだったの!?」
「いやー実はね、そうなんですよ。実は」

ふふん、と木葉くんは誇らしげに鼻の下を擦った。

「えーすご!木兎選手、好きなんだよね〜」

何を隠そう、私の推し選手はBJのスーパーエースこと木兎光太郎である。世界選手権でも男子代表としてコートの上を大暴れしていたことは記憶に新しい。

枝豆を器用にぷちぷちと皮から取り出して、口に放り込んでいた彼は、私の言葉に何故か困惑の表情を浮かべた。

「あ、そっち……?宮くんとかじゃないんだ……?」
「宮侑はほら、プレーが上手いのは上手いんだけど、女性ファンがなんか独特でさ……」
「あー……なるほど……」

何回か試合見に行ったことあるけどあれヤバいよな、あいつの時だけ歓声が女しかいねえもん。そうそう、うちわとか持っててなんかあそこだけカルチャーが違うというか……。
他の同期たちそっちのけで、まさかバレーボール談義に花が咲くとは思わなかった。ジョッキを傾けるペースが早くなる。

「というか、木兎選手と高校一緒ってことは梟谷学園?」
「あ、そうそう。よく知ってんな」
「私の弟、都大会で梟谷と戦ったことある」
「マジで? 年子だっけ?」
「だからうちらの一個下の学年なんだけど、背がデカいから二年の時からレギュラーでさ。木兎選手と高校の時対戦したことあって」
「マジ?……いやさっきからマジかしか出てこねえんだけど。高校どこ?」
「市立南」
「南高!? 強えーとこじゃん。覚えてるよ、春高予選かなんかで戦ったことある」
「あ、ほんと ?実はその時の試合、私も現地で見ててさ」
「……錦糸町んとこの総合体育館? 多分俺も出てたな、その試合」
「そうそうそこ!……ってことは二人とも同じ会場にいた感じ?」
「ぽいな」

偶然の偶然。答え合わせをするようにパズルピースが湧いて出ては、かちりとはまっていく。

「えー、こんなことあるんだ」
「な、めっちゃびっくりしたわ」

話が盛り上がる最中、お前ら完全に二人の世界じゃん、と同期に指摘されて二人してふと我に返る。

「いやいやいや、趣味が合えば話は盛り上がるだろ!」「木葉お前がっつきすぎ」「がっついてねえから!」

共通点は最初のステップ。
この人、話すと結構面白いかも。なんて興味を惹かれれば、関係性が進むのは時間の問題だ。
宴もたけなわ、飲み会は皆の健康と健闘を祈って一本締めでお開きになり、居酒屋を出た。ぞろぞろと皆駅へと歩いていく中、後ろからついてきた彼に私は小声で問いかける。

「……二軒目、行く?」

間髪入れず大真面目な顔で木葉くんは頷いた。「行きます」
……この後、バレーボールの話で大変盛り上がった。それ以外は本当に何もなかった。

ーーというのが、かれこれ六年前の話。
私と秋紀くんの最初の出会いはこんな感じで、本人曰く「どタイプの女の子がジャカ助をつけてたのでもう話しかけに行くしかないと思いました」と謎の覚悟を決めていたとのこと。
馴れ初めの話を時折しようとすると秋紀くんは何故か微妙そうな顔をするし、今でも「いやマジで、ほんとに木兎のファンという点以外は本当に完璧だったんだよ……何でよりにもよって木兎なんだよ……複雑だよ心境が……」と事あるごとに嘆くのであった。




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