六月、隣の芝は一等青い
「新郎新婦の、ご入場です!」
テンションの高い司会の号令で、式場の入り口には煌々とスポットライトが当てられる。
入り口の扉が開くと、お色直しを終えた新郎新婦——美しく着飾った同僚の姿が、そこにはあった。
高砂へゆっくりと歩みを進める新婦の、纏ったドレスに縫い付けられた宝石のようなビジューはライトの角度によってキラキラと眩く反射する。その優美な姿に思わず私は感嘆のため息を吐いた。
「田中ちゃん、本当におめでたいねえ」
「結構長いこと付き合ってたんだろ? よかったよな」
隣に座っていた秋紀くんも、目を細めて私にそう耳打ちした。
「うん、大学の時のサークル仲間だって。いいな……」
今日は同期入社した社員の子の結婚式の日だった。同期として私と秋紀くんも呼ばれたので二人で参列することにしたのだ。昨今いろんな事情もあり、あまり結婚式を挙げないカップルも多い。招待されることも少なくなってきたけれど、やはり参列してみるとその新郎新婦の誰もが幸せのてっぺんにいるようで、毎回目頭が熱くなってしまう。
……私も、秋紀くんとこうなれたら。
恋人がいる以上、こんな想像をすることは一度きりではない。世の中の大方のカップルが想像する着地点は、結局のところ“結婚”の二文字に終始する気がしてならない。それは二人の関係性が、法という絶対的なものに保証されるからだろうか。
でもなんだか私では秋紀くんと天秤の均衡が保てないような——釣り合いが取れてないような不安のわだかまりがあって、それを中々言い出せずにいる。彼はいい人すぎるのだ。私にはもったいないと思うほどには。
▽
「ジューンブライドって、ヨーロッパの習慣だから日本の気候とは合わないって話、マジなんだな」
帰りの電車の中で、秋紀くんは着ていたスーツの上着を脱ぎネクタイを緩めると大きく息を吐いた。
六月中旬とはいえ、気温は三十度近い上に湿度も高い。上下長袖のスーツではさぞ辛かろう。
帰り際に渡された紙袋を覗き込むと、数センチほどの厚みがある冊子が入っていた。引き出物のカタログギフトだろう。
「カタログギフトだ。選択肢があると送る側も気兼ねなくなるからいいよね」
「一昔前さ、引き出物の皿に新郎新婦の顔印刷してるやつなかった?」
「あった! 親が参加した時のやつなんだろうけど実家にある! あの上にご飯とか乗せるの申し訳なくて使えないよね」
「あれ多分普段使い目的じゃねえと思うけど……」
話は変わるけどさ、と切り出して秋紀くんは真剣な眼差しで隣に座る私を見つめた。私は頷いて、生唾を飲み込んで次の言葉を待つ。
「仮にさ、」
「うん」
「俺たちが万が一結婚するとして」
「結婚する確率、今のところ〇.〇一パーセントとかなんだ」
「そこまで低かねえと思うけど! ……結婚するとしたら、式とかさ、挙げたいと思う?」
したいって言ったら、迷惑かな。
結婚式って挙げたいの大体女の子側だもん、友達もやるかどうか旦那さんとちょっと揉めたって言ってたし。
答えに窮した私は、逃げを打つことにした。
「どうかな……個人的には費用が結構かかるから、新婚旅行とかにお金を回したいって気持ちはあるかも。豪華にしたいじゃん? 百日間で世界一周の船旅!みたいな」
「それ居酒屋のトイレに貼ってあるポスターのやつだろ」
「まあでも、隣の芝は青いっていうか……式を見に行くたびにちょっと羨ましいと思うよね。みんな幸せそうなんだもん」
他人の不幸はなんとやらではないけれど、他人が自分のライフステージを追い越して、先に進んでいくというのはどうにも焦燥感を煽られるものなのだ。私って周りより遅れてるのかな、とか。
「そっか。やっぱ女の子は憧れるもんだよな」
私の答えに秋紀くんはどこか納得したような、ほっとした表情を浮かべた。私の答えが間違っていたようではなさそうだった。そうだね、と頷いて小さく安堵のため息を吐く。
というか、相手は私でいいの? 実は探せば、もっといい人っているんじゃない?
そう聞きたかったけれど、とても怖くて聞けそうになかった。秋紀くんは優しいから、私を否定することはないだろう。
この小さな不安の種がどうか芽吹かないことを祈りながら、私は最寄り駅までの車窓をぼんやりと眺めた。