九月、ひととせはまた巡る
うだるような暑さは九月の終わりには少しだけ尾を引いていたものの、ようやく寝苦しさからは解放されそうだった。薄い羽毛かけ布団では早晩冷え、この時期から足がはみ出ないように猫のように丸まって寝るのが習慣になる。
「今日は何の日ですか」
目が覚める。まだ日の差し込まない薄暗い部屋の、ベッドの中で開口一番秋紀くんはそう尋ねて、期待のこもった目で私を見つめてくる。ベッドボードに置かれたデジタル時計は九月三十日の午前六時半をぴったり指していた。その答えを易々と口にするのもなんだか気恥ずかしい気もして、私は毎年のように同じ答えを返す。
「宅配ピザの日です」
「そうじゃねえって」
何回目かのこのやりとりも、恒例行事になってきた。彼も懲りる様子はない。
「えー、何の日だっけ」
「もったいぶるなよ」
言え!と痺れを切らした秋紀くんが私のTシャツの中に手を伸ばすと、脇腹をくすぐってきた。肌の上を滑るこそばゆい感覚に布団の中でじたばたと身を捩って、掛け布団はずるずると重力に従いベッドから滑り落ちていく。
「ねえ! くすぐったいってば!」
「言ってくれって〜」
くすぐり攻撃に負けて、私は渋々尋ねることにした。
「……今日で何歳になったの」
「二十九」
「もうおじさんだね」
「お前だって同い年だろ」
神妙な顔を見合わせてはお互い吹き出した。
今日は土曜日。秋紀くんの誕生日だ。
「また大きくなったねえ」
骨張ってごつごつした彼の手を指先でいじりながら滅多に会わない親戚のおじさんのような感嘆を漏らすと、毎日見てたらアハ体験みたいなもんだからわからないだろ、と至極真っ当な答えが返ってくる。
「もう縦には伸びねえって」
「いやそうじゃなくて……バウムクーヘンみたいなさ、横にデカくなってるみたいな……」
「バウムクーヘン?」
「そう。作ってるとこ見たことない? 棒に生地を巻き付けてどんどん足していくの」
私たちはオーブンの中バウムクーヘンみたいに、ぐるぐると止まることなくひととせを回り続けて、歳を重ねるごとに少しずつ層が厚くなっていく。
大体市販で売られているものは二十層くらいらしい。まるで二十年で成人する人間の人生の厚みのようだと思う。
私も秋紀くんも二十代最後の年になった。二十九層というバウムクーヘンにしてはそこそこの厚みになってきたけれど、一体どこまで見ていられるだろう。四十?それとも五十?
それを隣で見ることができたならば、これ以上に嬉しいことはないだろう。
……できたならば。
「……太ったってことかよ」
「違うよ〜人としての厚みの話?」
む、と顔を顰めた秋紀くんの、下がった口角を私は指でぐっと押し上げてそれを和らげようとした。あ、怒った。ますます表情が険しくなる。秋紀くん、最近筋肉落ちたって気にしてたしな。仰向けで寝転がっている彼の肩の上に頭を乗せた。何か機嫌を直してくれる話題がないか思考を巡らせる。
「あ、そうそう。今年はピザパーティーをします」
「今年“も”の間違いだろ」
美味いからいいけどよ、秋紀くんは私の頬をつねった。九月三十日は宅配ピザの日らしいから、と毎年なぜか宅配ピザを頼んで映画を観ることになっている。お互い仕事をしていると、平日誕生日だと大体こうなるのがセオリーだ。
「今年は一味違うよ。なんと!セルフピザパーティーです!」
「おお……?」
「だからね、今日はこのあとスーパーに行って買い物して、好きな具材だけ乗せるおれのかんがえたさいきょうのピザバトルをやるからね」
「聞いたことねーバトルだ」
じゃあ午後買い物行こうぜ、と言ってふわりと大きな欠伸をした秋紀くんはまた睡魔に襲われたのか、瞼を擦る。そろそろ揶揄うのもこのあたりが潮時だろう。
「誕生日おめでとう」
「ん、ありがとな」
欲していた答えをようやく得られた彼は、満足げにブランケットにくるまると二度寝を堪能すべく再び瞼を閉じていた。