「イルア、"つじぎり"!」
声変わり前の少年のような声と共に、赤く鋭い爪が勢いよく振り下ろされる。その瞬間、短パンを履いた少年が酷く焦ったような声で、子犬のようなポケモン、ヨーテリーに「避けろっ!」と叫んだ。しかし、ヨーテリーは高いうめき声をあげ少年の目の前まで吹き飛ばされる。
「ヨーテリー!」
「きゅぅ…」
少年は素早くヨーテリーに駆け寄るが、地面に倒れたヨーテリーは完全に目を回しており、これ以上のバトル続行は不可能に見えた。「お疲れ様」と声をかけ、少年はモンスターボールにヨーテリーを戻し、悔しそうな笑みを浮かべながら対戦相手へと声をかける。
「強いなあアンタ!」
「まあね」
パーカーに身を包んだ少年のような少女、シウンは先程まで戦っていたゾロアーク姿のイルアのたてがみを撫でながら、なんでもないように返事をする。
「あ、これファイトマネーな」
「どーも」
少年がトレーナーカードをシウンに見せ、シウンはそのカードを自身の端末で読み取る。すると、端末に100と表示され合計金額と書かれた横にある数字に100が追加される。
ポケモントレーナーはポケモンバトルで勝利することで、ファイトマネーを対戦相手から貰い、これが収入となる。
少年はシウンに別れを告げ、足早に去って行く、おそらくポケモンセンターに行くのだろう。トレーナーカードを持っていれば、ポケモンセンターなどの一部の施設は無料になるという。
「便利なもんだね」
『そんなのが金になるんだな…』
「かがくのちからってすげーってことだね。ボクは現金派だけど」
ふわふわと風に揺られるイルアのたてがみを撫で、端末を鞄のポケットへと直してサンヨウシティへと続く道を歩いて行く。
腰にボールを下げて歩いているだけで、何度も声をかけられポケモンバトルをする羽目になる。ポケモンを持っているとこうも違うのかとシウンはため息をはいて、隣を歩くイルアを見た。何度かバトルをしているが疲れている様子はなく、空を見上げたり草むらをのぞいてみたりと落ち着きがない。ピクニックに来た子どものような反応に、シウンは首をかしげる。
「そんなに珍しいかなぁ」
『よくわからないが、俺の知っている景色とここは似ているようで違う感じがして不思議だ』
「ふぅん…?」
『…シウンといるのも楽しいしな』
「…………、もう着くな」
『そうなのか。街も楽しみだ』
強引に話をそらしたシウンに気づかず、イルアは初めての街への期待に胸を膨らませる。
▽
いたい、痛い。
目の前が真っ暗だ。
痛くて、怖くて、目からは涙がぼろぼろと溢れ出す。
なにもみえない。くらい、いたい、こわい、さびしい。
たすけて。誰か助けて!
そう叫ぶと、暗闇の中に一筋の光が見えた気がして、それを必死に追いかける。
まって、まって!どうか、俺を、
たすけて、――!
『ッ――……』
勢いよく目を開き、咄嗟に体を起き上がらせる。毛を逆立て辺りを見渡すが、暗い部屋の中では何も見えない。
まだ、あの夢の中にいるかのような感覚に頭がぐわんと掻き回される。
助けを求め、伸ばした手の先に誰かがいたような気がした。だけど、そんなのはただの願望だ。都合のいい夢、何度も何度も見た、ただの夢だ。
俺は一生、この狭い檻の中、生き物としてじゃなく見世物として生かされていく。
恨むなら馬鹿な自分を恨むんだと誰かが言っていた。恨んでも、何をしても、この状況が変わる訳では無い。なら結局、諦めてしまうのが1番賢い。……そう、簡単に諦めてしまえたなら、どんなに良かったんだろう。
目を閉じ、こぼれ落ちた涙を手に染み込ませる。
冷たい鉄の温度を感じながら身を丸くし、誰かのすすり泣く声を、息を潜めて、ただ聞いていた。
誰か、たすけて……。
「俺だって……」
救いの手が差し伸べられるのを、ただただ待っている。
そんな都合の良いこと、起きやしないのに。
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