「それは、却下だな」
横から入った低い声に振り向くと、そこには肩に狩猟銃を背負った長身の男が立っていた。隙のない立ち振る舞いに、鋭い殺気、おそらくこいつがハンターだろう。
「そこのゾロアに用がある」
そう言って男は腰もとに手をやり何かを取り出す。丸い何かが弾け、青白い光と共に紫色をした猫の様な生き物が男の足元に現れた。しょうわるポケモンのチョロネコ、見た目に反して可愛いポケモンを使うんだなぁ、なんて。余裕ありげに鋭いツメを舐めるチョロネコを見ると、頭に妙な形の機械をつけていた。ハンターの男も似たような機械をつけているのが気になり、小声でゾロアに訪ねる。
「あの頭の趣味悪いやつは?」
『…多分、あれのせいで俺のイリュージョンが効かないようになっている』
「なるほどね」
携帯で調べた時に、ゾロアという種族は人や他のポケモンに化けて自分の身を守る。と書いてたのにおかしいと思ったら、そういうことらしい。厄介なやつに目をつけられたもんだ。
座っていた石から立ち上がりチラリとゾロアを見ると、しっかりと地面に足をつき戦闘態勢に入っていた。戦闘が出来るかはともかく、立ち上がれるくらいには体力が戻ったか。
2つ目の案でも行けそうだったな。なんて考えながら男に視線を移す。さて、どうしたもんか。
「大人しくそのゾロアを渡せば手荒なことはしない」
「ハッ、何その提案、脅しかな?」
「そうとも言うな」
あっさり肯定され思わず笑ってしまう。
ここで、あっさり渡してしまっても良かった。僕だって命は惜しい。特に面白みの無い人生だけど、こんなところで訳の分からないやつに殺されてやるのは、癪に障る。
「却下、だね」
「そうか」
本当に、この世界に来てから、僕はらしくない。
カチャンッ、男が銃を構え僕を見る。男の指が引金に添えられ、
「じゃあ死ね」
男の声が響く様に聞こえた。
『あぶねぇ!』
柔らかい何かに体を押された瞬間、――大きく乾いた音が森に響いた。
「いっ!ぐ、…ッ」
地面に倒れた直後、足に激痛が走った。
撃たれた、そう頭が理解すると、全身に痛みが広がっていくような感覚がした。
痛みを耐えるため思い切り歯を食いしばり、足を押さえる。全身に響く心臓の音がうるさくて、耳を塞いでしまいたい。痛みで飛んでしまいそうな意識を、必死につなぎ止める。
『おいッ大丈夫か!?』
「ハ、っ…はあっ…」
ゾロアの問いに答える気力もなく、肺から息を吐く、地面に転がる僕の姿を見て、ハンターは舌打ちをこぼす。おそらく心臓を撃ち抜くつもりで撃ってきたのだろう。ムカつくことにゾロアに助けられたらしい。なにも反応できなかった自分に腹が立つ。
しくったと思ってももう遅い、足をやられた。走って逃げることも出来ない。というか立つことも難しい。どうすればいい?分からない。
無謀すぎた。それだけ。らしくないことはするもんじゃない。
心臓の音がうるさい。考えがまとまらない。足から流れた血が地面に広がって、指先がどんどん冷えていく。
痛い、帰りたい、どこにだよ。帰る場所なんて、ここにはない。
どうして今こんなことを考えているのかも、わけがわからない。こんなのらしくない。いや、自分らしいというのもずいぶん前に忘れてしまった気がする。
ころり、視界の端でボールが転がる。
なんであんな提案をしたんだろう。
ここに来てから今まで、ポケモンなんて何体も見てきた。ゾロアと同じような傷ついたポケモンなんて、今までも何体か気まぐれに助けたりもしてきた。
役に立つ時がくる。そう言われて渡されたボール。使わないままずっとカバンの奥にしまい込んでいたボール。
なんでそれをこの子に差し出したのか。
なんで今、こんなことを考えているのか。わけがわからない。
「ハッ、まるでこれから死ぬみたいだ」
ポツンと落ちた嘲笑の声。
『なっ!……っ』
『に言ってんだ!!』
「っ!」
ガキィインッ!と金属でもぶつかったのかと思うほどの音が響く。
『ぐっ…』
呻き声を上げながらも、ゾロアは飛びかかってきたらしいチョロネコの攻撃を弾いて防ぐ。
ふらつく足で僕の前に戻ってきたゾロアの目は、死んではいなかった。
『俺は!お前にハンカチを返さなきゃダメなんだろ!!』
あ。
重い何かで頭を殴られたような気分だ。
「ゾロアくん」
『なんだ』
パタリと草の上に落ちる赤い液体。傷口が開いてハンカチなんて意味をなしてない。
わけがわからないや。なんでこんな時に、こんな事考えてるんだろ。
男が指示を出し、チョロネコが再びこちらへ向かってくる。
動く足で地面を蹴り、ゾロアくんに覆いかぶさる。直後背中を襲う鋭い痛み。
「づっ…ぐっ…!」
『は、っおい!』
足も痛い、背中も痛い。でもそれ以上に、胸の奥の方が気持ち悪い。
「らしくないよ。……ほんっと、吐き気がする」
『お、おい…おまえ』
「ねえゾロアくん」
傷だらけのゾロアくんの頬をゆるりと撫でる。
空を落としたような青い目が不安そうに揺れている。
ああ、本当にらしくない。
「僕はキミが良い」
『えっ』
「ガッ!…ごほッ!」
『な、』
「くだらない茶番はそこまでにしてもらおう」
男の声が頭上から聞こえた瞬間、やっと状況を理解する。
腹を抑えて蹲ったまま動かないあいつ、その頭に銃を突き付けるハンターの男。
『はーあ、もっと手応えのある相手なら良かったのに』
チョロネコが伸ばした爪をペロリと舐めた。
『そいつから離れろ!』
『おっと、まだ動くのか』
ハンターの男に向かって地面を蹴る。傷口から血が出て体中が悲鳴をあげるが、そんなものを気にしている場合じゃない。
すかさず立ち塞がったチョロネコが鋭い爪を振り上げる。
『どけ!!』
『なっ、に゙ゃっ!』
尻尾でチョロネコの攻撃の起動をずらし、チョロネコが怯んだその隙に、男へと飛びかかる
死なせない。
俺はまだ、礼も、お前の名前を聞くことも、ハンカチを返すことも出来てない!
『殺させてたまるかぁあ!』
-5-
prev / next
ALICE+