05



「……なんだこれ」

痛みのせいで飛んでいた意識が眩い光と共に戻ってくる。比喩的なものではなく、本当に、目の前が真っ白な光に包まれていた。
我ながら気の抜けた一言だったと思う。

「グルルッ……グルルァア!」

腹に重く響く獣の声。
白い光が収束していき、チカチカと明るさに慣れない視界が映すのは、どこからか飛び散る赤い液体。
頬にも飛んでいる自分のものではない赤い血に、気持ち悪さを感じながらも、白い光が収まっていく場所を見る。

「あ」

また気の抜けた声。
ぱらぱらと星が弾けたように光が消え、そこに現れたのは真っ赤な毛。毛先にかけて黒くなっているそれは、先の方で青い水晶のようなもので留められている。
ふわり、それがゆれる。先程の声につられてか、赤い毛の塊がこちらを向いた。

「、…」

空を落としたような青い目。赤で縁取られたその目は先程と全く変わっていない。
不安げに揺れたと思えば、少し柔らかくなる。
…あ?

「…なに?」
『無事か…?』

先程より随分低くなった声に驚きながら、「普通に痛い」と正直に返事をする。

『そう、か…そうだな』

申し訳なさそうな顔をしたゾロア…いや、進化すると姿が変わって名前も変わるんだっけ、…種族名、知らぬ。
元ゾロアは地面に落ちたハンカチを大切そうに拾い上げ、ゆっくりと僕を見る。何かを言いたそうに口を開いたり閉じたり、言いたい事があるならさっさと言ってしまえばいいものを…何を言いよどんでいるのか。

「なに…?」

しびれを切らしそう問いかけると、眉間にしわを寄せ変な顔をする。なんだその顔妙に可愛いぞ。
じゃなくて、

「そんな顔しても僕はエスパータイプじゃないんだけど?」
『お前はエスパーよりあくタイプって感じだ…』
「お前はそんなことを言いたかったのか」
『いや、違う。…その…これ』

おずおずと差し出したのはさっき拾っていたハンカチ。元ゾロアを見たところ、酷かった傷も小さな傷もかなり塞がっていて、止血のためのハンカチは必要なさそうだ。返却ね、ととりあえず傷が痛まないように体を起こす。

「ん、」
『………』

手を差し出すが、ゾロアは一向にハンカチを差し出そうとしない。こいつは一体何がしたいんだ。思わず眉を寄せると、少し慌てたように違う。と言われた。何が違うというのだろうか。

『俺の傷は進化のおかげで大体塞がった。でもお前はそうもいかないだろ?』
「………ああ、別に平気なのに」
『こんな形で返すのは不本意だが』

ゾロアは僕の目の前にしゃがみこみ、伸ばした足へそっと触れる。鋭い爪で傷つけないようにと、少し震えた手で僕の足にハンカチを巻いていく。

「いっ!」
『!?だ、だいじょうぶか!?悪い…痛かったよな』
「い、いや…まあ、だいじょうぶ」

結ぶ時に力が入ったらしく足に激痛が走った。正直超痛い。全然大丈夫じゃあない。痛みに耐えるために握った手はもう感覚がない。それでも、なんとなく、痛いと口にするのはムリだった。
元ゾロアの血が滲むハンカチを見ながら一つため息を落とす。不衛生だが、このまま血を流し続けるわけにもいかないし、仕方がない。

「そういえば、」
『?』
「ハンターってこいつ一人だったの?」
『あぁ、俺が見た限りでは。他に仲間がいた様子もなかった』
「そう」

それならひとまず安心して良いと言うことか。まさかこういう結果になるとは思わなかったが、野生のポケモンに襲われて。なんてニュースはいつもどこかしらでやってるし、僕がここにいたということがばれなければ……。
思ったより冷静な自分に呆れる。
最初からなのか、慣れなのかは分からない。倒れているハンターの男を見ると、頭に男とは似ても似つかない誰かの眠っている顔が浮かぶ。それを見ている僕の隣で、誰かが必死に涙をこらえていた。
だれだっけ?わかんないや。
ぐっと目を閉じ考えるのをやめる。誰だっていい、どうでもいいことだ。忘れてしまえ。

「ゾロアくん…じゃないや、元ゾロアくん」
『なんだ元って…』
「君の今の種族名忘れたもの…携帯で検索したらすぐだろうけど、僕立てないし」
『あれか?』
「うん」

頷くと元ゾロアはのそりと立ち上がり、石の上においていた鞄を持ってきてくれる。ついでに、空のモンスターボールも。

「…もう、…」
『………』

必要ないね。と言おうとして喉が詰まる。必要ないんだ。ゾロアは進化して大半の傷が塞がってる。一人で住処やらに帰れるんだ。
ゾロアを抱えていく案もいらない、大きさ的に無理だしね。オレンの実も探さなくていい。三つ目も、置いていくどころか僕が立てなくなったし、あ、僕が置いていかれるやつだ。

『問題だ』
「は?」
『お前が楽にこの森から出る方法はなんだ?』
「…どっかで聞いたなぁ…。ま、携帯で助けを呼ぶとかかな?」
『他のポケモンに襲われるかもしれないから却下だな』
「あーうん?」

却下される理由がいまいちわからなくて首を傾げながら頷く。この森にそんな物騒なやついた覚えがないんだけど。
元ゾロアは空のモンスターボールを僕に握らせる。

『お前は、俺がいいって言ってくれたよな』
「…あー…言ったんじゃない?」

また胃のあたりがムズムズする。やっぱりらしくないことはするべきじゃない。自分で言った言葉でこれだけ気持ち悪くなってるんだ。掘り返すなんていい性格してやがる。
逃げるように目を閉じる。

『俺もお前がいい』
「あっそ、って、は?」

聞こえた言葉に目を開くと、目の前には満足そうに微笑んだゾロア。あ違った元ゾロア。カチッと音がなったと思えば、光とともにゾロアが消える。そして手の中で一度だけ揺れたボール。

「……え」

弾けるようにボールの真ん中が光り、動かなくなる。

パカン、とボールがひとりでに開けば、光と共に何かが出てくる。

『いくつ目の案だったか…俺が提案するのは、俺がお前のモノになってお前を運ぶ』
「…実行に移してるじゃん…」
『そうだな』

柔らかく笑ったゾロアくんに気が抜ける。

「ははっ、キミは馬鹿だね。僕がいいとか」
『お前も物好きだと思うぞ。こんな…弱い俺がいいなんて…』

弱い、絞り出すように落とされた言葉は、ゾロアの表情とは裏腹に重く、まるで呪いのようだと思ってしまった。

「ふぅん、弱い…ね。なら強くなればいい。というか僕のになるんだったら弱いままなんて許さないから」

そう言うと、鳩が豆鉄砲を食らったようにゾロアの目が丸くなる。そして、何かに納得したようにゾロアはまた柔らかく笑う。

『…、……ああ、そうだな。俺は強く、もっと強くなる。次はちゃんと、お前を守れるように』

ふわり頬に柔らかい毛が当たる。さらさらでふわふわのゾロアあ、元だ。って何回思うんだか。
たてがみを撫でると、気持ちよさそうに喉を鳴らす元ゾロア。

「元ゾロアくんだと面倒だから、呼びやすい名前が欲しいね」
『名前…?あ、』
「?なに?」
『まだお前の名前聞いてない』
「あー……まあ待ちなよ」
『?』

鞄から携帯を取りだし、電源を入れる。画面はどこを見てもおっさんからの着信やメール。思わずきもいと言ってしまったが問題はないだろう。全ての着信とメールを無視し、検索画面を表示して、ゾロア 進化形と検索する。電波が悪いのか長い間ぐるぐるとピカチュウが回る画面を見続けていると、パッと画面が切り替わり、画像と共にゾロアークという文字が映される。

「ぞろあーく…」
『ああ』
「え、それだけ?」
『いや、自分の種族くらい知ってるだろ』
「先に言えよ」
『わ、わるい…』

無駄なことしたとため息をつきながら、せっかくだからと文字を読む。

「特性、イリュージョン」
『幻影を作り出すことができる』
「はーん…ゾロアークにイリュージョンねー……あ、じゃあ、キミの名前」
『なまえ、俺の?』
「イルア」
『いるあ』

イリュージョンと呼びやすかったゾロア的な発音でイルア。我ながらいい感じの名前じゃないか。

「あだ名はイルちゃん」
『名前より長いぞ?』
「いいんだよそんなことは。文句は受け付けない」
『文句なんて無い。いるあ、か。わかった』

ゾロアくん改め、元ゾロアくん改め、ゾロアーク改め、イルア。イルちゃん。
くすぐったそうに笑ったイルアを見て僕も笑う。
座りながらイルアに向かって右手を伸ばす。意味が伝わったらしくイルアも鋭い爪がついた手で慎重に僕の手を取る。

「改めて、僕はシウン、よろしくねイルア」
『シウン、シウン……ああ、よろしくシウン」



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