「それでは、安静にしていてくださいね」
「はぁ…」
ピンク色の髪の女性、ゲームやアニメでもおなじみのジョーイさんに笑顔でそう言われ、ため息のような返事を返す。
傷に関してはあれやこれやと聞かれたが、ハンターに襲われて撃たれた。なんて言えるわけが無く、野生のポケモンに襲われたと言ったらあっさり信じられた。なんとまあ色々緩い世界だ。年単位で住んではいるけど新しい発見が沢山ある。簡単に納得するのもどうかと思うが。
あと、銃で撃たれたのに、安静にしてリハビリをすれば2週間ほどで元通りに歩けるようになる。先ほどのジョーイさんからそう聞いた。つい、早すぎないかと言ってしまったら、少し不思議そうな顔をされた。尋常じゃ無い痛みだったし、正直死んだと思ってたけど、この世界ではそのくらいが普通なのかもしれない。
ポケモンに力を借りて治療するからなのか?こっちに来てからこんな怪我したこと無かったから分からないけど、ポケモン万能かよ…。
この世界の”普通”に呆れながら、一眠りしようかとベッドに転がると、病室の扉が控えめに音を立てて開いていく。
「無事か?」
発見。そう、新しい発見といえばこれだ。
ノックもなしに病室に入ってきた一人の男。その姿は、イッシュ地方ではかなり浮いてしまうであろう黒い着物を纏い、燃えるように赤い髪は腰よりも長い。オマケに、ヒトなら絶対ありえない黒い獣の耳が頭からひょっこり生えている。
「無事だね。おかげさまで」
「そうか…」
ケモ耳男は持っていたビニール袋を小さいテーブルに置き、ベッドの横にある丸椅子に座った。
「……もっかい聞くけどさ、ほんとにイルア?イルちゃん?」
「ああ、さっきも言ったし見せただろ?」
そう、目の前の男は僕がさっき捕まえたばかりのポケモン、ゾロアークのイルアだという。
イルアに運ばれている最中意識を失ったらしい僕は、目が覚めるとライモンシティのポケモンセンターにいた。そこで最初に顔を見たのが、このイルアだと名乗る男だった。まあポケモンに戻る姿も見てしまったし信じるしかないんだけど。うーんわからん。
「いや聞いたし見たけど…イリュージョンで化けるのとは違うの?」
「そうだな。イリュージョンでヒトに化けることも出来るが、擬人化は少し勝手が違う。俺は擬人化はちょっと下手だ」
「あーまあ、それは何となくわかる」
頭から生えた耳を見ながら言うと、その耳はぴょこぴょこと動く。下手ってのは一部が人間になれないとかそういうことなんだろう。化けるのは出来るのに擬人化が下手とは一体…。
「ところで、この袋なに?」
「ああ、…なんか貰ったんだ」
「なんかもらった……」
袋の中身を見ると、赤いリンゴが2つ、カバーのついた小さなナイフ、そして、”家事のすべて!初心者から達人までこれ一冊!”と書かれた人を殺せそうな厚さの本が1冊。
リンゴはまあ見舞いの品としてよくありそうなものだし、ナイフは皮むき用だろうけど、この本の必要性は?ていうか分厚すぎだし、初心者から達人って範囲広すぎ。
「俺の回復はすぐに終わったから、シウンが起きるまでうろうろしてたら婆さんがくれたんだ」
「なるほど?」
「人間はリンゴの皮を剥いて食べるんだろ?俺は剥いたことないからこれもくれたんだ」
「ああ…なるほど」
付箋の貼られたページを熱心に読みながらイルアはそう答えた。
お婆さんの意図はわからないけど、たぶん世話焼きな人だったんだろう。いや、この本の厄介払いだったのかな?邪魔そうだし。
でもまあ、なんにせよ…
「ウサギのリンゴはレベルが高いんじゃないかなぁ…」
「シウン……、待ってろ…今頑張ってるから…」
「うーん」
リンゴとナイフを持つ手は小刻みに震えていて、見ていて危なっかしい。かと言って代わりに剥くと言うことも出来ない。ご飯はいつもメアが作ってくれてたし。まあ、あの震える手よりはうまく切れるとは思うけど。
「いたっ」
「あ、」
傷を治したというのにまた傷を作りながら完成した不格好なウサギのリンゴ。いや、ウサギ……かなぁ……?まあ味に変わりはないと1匹食べる。
うん、普通に美味しい。
「うまいか?」
「…まあ、普通に」
「そうか…」
ふわりと、花がほころぶようにイルアが笑う。
いや普通のリンゴだしね。
「そういや、擬人化と化けるのはどう違うの」
「ん、擬人化すると、ヒトの言葉を喋れる。化けて聞こえるのはたぶん鳴き声だけだと思うぞ」
鳴き声、ね。僕はポケモンの言葉が分かるしあんまり意味無いけど、他の人なら言葉が通じる方が面倒事が少なくて便利なんだろう。
「…ま、僕には関係なさそう…」
「そうだな、お前はゾロアの時の俺とも喋ってた………し………?」
イルアが何かに気づいたように首を傾げる。一体なんだと視線を投げると、空色の目がこちらを凝視していた。間抜けに口が空いてるぞ。
「なに」
「シウン……お前はポケモンだったのか?」
「……キミって意外と…いや普通に天然なのかな?」
「?俺はイリュージョンだぞ?」
「ん〜………あ、特性の話じゃねーよ」
「そうなのか」
何故かポケモンの声が聞こえる。そう説明してやれば、不思議なこともあるんだなとイルアは納得した。うんやっぱりどっか抜けてるわ。スムーズに話が進んで楽だけど。
「そうだ、シウン。桃髪の奴がお前の親にデンワってやつをしたって言ってたぞ」
「げっ……まじか…まあしょうがないけど……いやくっそ面倒だな………」
面倒も面倒。携帯の着信履歴を見ればすぐ分かる。あのオッサンは過保護……というより自分が構ってほしいだけ。僕はアレにとって都合のいい遊び相手、下手すりゃおもちゃだ。
「?」
「…逃げるか」
「安静にしてなきゃダメだ」
「………イルちゃんからストップがかかるとは……まあいいか…」
脱走作戦は計画する前にストップされ断念。
「シウンはおや嫌いなのか?」
「嫌いだね。あれを親というのはかなり不愉快だけど、名義上は仕方ない」
「そうか…じゃあ俺は?」
「えっなに……あーまあ嫌いじゃないよ」
「…そうか」
分かりにくいけど少し上がってるイルアの口角、何がおかしいんだと目をそらすと、またムズムズ気持ち悪い感じがする。嫌いって言えばよかったかな…いやそれもなんか、違うな…。
ていうかなんだ今の会話…俺は?って面倒臭い彼女かよ…あほらしい。
こんなのに気分を乱されている自分も、
「あほらし」
「?」
「寝る」
「ああ、おやすみシウン」
嫌になるくらい優しい声を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。
-1-
prev / next
ALICE+