ふわりと体が水面に浮かぶような不思議な感覚。遠くから聞こえる誰かの声、小さすぎてうまく聞き取れない。イヤホンの不調で鼓膜にノイズ音が直接響くような感覚に顔をしかめて目を開けた。
「………」
白、病室なんかじゃなく、ただただ白い空間。着ている服が真っ黒な分、自分が異質に見える。ポケセンのダサい入院着を着ていたはずなのに妙だ。いや、妙なのはそこじゃないけど。
匂いも腕が持ち上がる感覚もない、あるのは白すぎてあるのか無いのかわからない地面に、しっかりと足をついている感覚。
試しに体を曲げて地面に手を付こうとしたが、すぐに手を戻した。立っているはずの地面を通過して手が足の下に行ったからだ。
「夢?」
「そうだね」
聞き慣れたうさんくさい声に思わず眉を寄せる。どこが後ろなのか前なのかは分からないが、今見ている前とは逆の方へ振り返る。
真っ黒なジャケットと赤いストールを肩にかけ、手に持っていたハットをかぶる白い髪の男。目尻を下げてにこりと笑う姿は胡散臭さしかない。
謎の孤児院から僕を引き取った名義上のおや、オッサン。名前はアーデンなんちゃら。無駄に仰々しい名前だった気がする。今日はこの男がよく夢に出てくる。大怪我もしたしやっぱり厄日だったんだ。
「ひどいなぁ、そんな顔しないでよシウン〜!」
「はぁ、うさんくさいとは思ってたけど、まさか夢にまで出てきて勝手に喋るとか…」
「ははっ、面白いでしょう?」
「不愉快」
「ふっ、はははっ!」
眉を限界まで寄せて嫌な顔をすると、なにが面白かったのかオッサンは声を上げて笑う。一通り笑い終えて、帽子をかぶり直す。
「ふふ、結構一緒にいるのにまだまだ反抗期だね。そんなところも可愛いけれど」
「え、なにきもい」
「親だからね」
「………うえぇ…」
もし自分でこの夢を作り出したってんなら、起きた瞬間自害ものだ。何でこんな夢を見なきゃならないのか。
「さてシウン」
オッサンはニコニコ笑いながらパンッと両手を合わせる。反射的にそれを見る。ゆっくりと開いた手のひらの間に、もやのようなものが生まれた。夢だからって何でもありか、なんて考えていると、もやの中に光る何かが見えてくる。
月のように光るそれは、なんとなく懐かしい感じがして、気持ち悪い。光がゆっくりと形を作っていき、ぼんやりと羽のようなものが浮かび上がった瞬間、頭が殴られたように痛んだ。後頭部を連続的に叩かれているような痛みに、頭に押さえながらオッサンを見る。
「みかづきのはね」
「っ、はね、?」
ズキズキと痛む頭に思わず、地面に膝をつく―――と思ったら、するりと抜けた。なにが?地面が。
さっき、手がなにもない地面の下へ通過したように、今度は全身が白に落ちていく。白しかなかった空間に、風が生まれ、視界の中で髪や服がバサバサと揺れる。
オッサンは――と、どこかに落ちていく体をどうにかひねって上を向くと、目の前には、先ほどと同じように立っているオッサンが。自分が落ちている感覚と、そこに立っているオッサンを見ている感覚、その異常性に頭が混乱する。
「シウン、みかづきのはねを探して、そうしたら、全部を教えてあげる」
「はぁ?なに、言って…っ!?」
背中に何かが当たった。その瞬間、目の前に広がる泡。思わず口を開くが、口から出ていく空気が視認でき、咄嗟に手で押さえるようにして口を閉じる。水の中だ。夜の海のような空間で、体は浮くこと無く下へと落ち続ける。
(息が……)
オッサンの姿も見えず、黒が広がる底へとただ落ちていくだけ。
息の限界に、咳き込むようにして残りの空気を外に出してしまう。酸素を求める体は、自然な動作で呼吸を始めた。
「は、」
肺が空気を取り込み、膨らむのが見えた。あたりを見渡すと、どこかで見たような赤い花が咲き誇る花畑にいた。夢だからってほんとに何でもありすぎる。
水の中にいたはずなのに全く濡れていない服に困惑しながら、髪についた葉っぱを落として立ち上がると、花畑に他の誰かがいるのが見えた。
『お前には借りがある。それだけだ』
『ああ、感謝するよ』
花畑の真ん中で、誰かが話をしている。近いはずなのに、視界がぼやけて誰なのかは確認できない。ぼんやりとした視界の中で、話をしている二人のそばに、大きな箱に入っている誰かを見つける。棺のようなそれに近づいてみても、中にいる人の顔はぼやけて見えない。それに、話している誰かも、近づいてきた僕に気づく様子も無く、まるで物語の中に幽霊として登場しているみたいだった。
『はぁ、全く困ったものです』
『こんなわがままはこれっきりにするよ』
『当たり前です』
「!」
ザザッと視界がぶれ、花畑から湖へと場面が切り替わる。
また、二人の誰かが話をしている。さっきとは違い、棺のような箱はなく、話をしている二人のそばに、会話に混ざらず静かに立っている人物もいた。やはり、人物の顔はぼやけて見えない。しかし、三人いるうちの一人が、ゆっくりとこっちを振り返る。
「え、」
目が合った――気がした。ぼやけた視界で、目が合うというのもおかしな話だが、しかし、目が合ったのだ。その人物は、ゆっくりと僕に笑いかける。
「探して、彼女を」
「は……、?」
瞬きをした瞬間。白でも黒でも、花畑でも湖でもない――見慣れない灰色の天井が視界に広がっていた。
「なに、……っ、う〜〜………ぃった……」
長時間寝ていたのか、体がひどく重い。体を起こすと、記憶に新しい傷がズギズギと痛んだ。
「おっおおぉ、おっ!?起きましたかぁ〜!?はざますはざます〜!」
「……まだ夢見てるわ」
突如、変なピンクの宇宙人が現れ、まだ夢の中なんだと、変な宇宙人を視界に入れないよう再び布団に沈み込む。
夢は記憶の整理とか言うけど、整理どころか余計こんがらがって行ってる気しかしない。後ろでなんか言ってる声がするが、傷は痛むし、訳がわかんないし、とりあえずもう一眠りすることにした。
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