04



リビングで待てとハチに言われ、待つこと数十分。イルアも連れて行かれ、残ったのは僕とエラとスマイルの三人。
待っている間も暇なので、中身がぐちゃぐちゃになった段ボールを確認していた。
まず目に入ったのは新品のスニーカー、長時間歩いていても着かれにくいで有名なブランドのものだったはず…、よくCMで流れていた。正直言って見た目はダサい。
次はカバン、普段使っていたものと似た形のショルダーバッグだ。これもまたダサい。中に何か入っているのか、重さのあるカバンを段ボールから出すと、カバンのポケットから何かが落ちる。
落ちたものを拾い上げると、どこで撮られたのか分からない僕の写真が貼られたカードだった。写真の横にトレーナーカードと書かれていて、何度目かのため息が出る。いや、まぁ、イルアをゲットしたから申請しないといけないことは分かっていたけど、まさか作ってあるなんて思わないだろ。用意周到すぎるあのオッサン。あと普通にキモい。どこで撮った盗撮だろ。

「ていうか、全部買い換えたのかな」
「愛されてますですね〜!」
「気色悪い、」
「あいだっ!」

気色悪いことを言い放つスマイルを殴って黙らせる。ぞわぞわと寒気がし咄嗟に両腕をさする。どういう頭の作りになったらそんな考えが浮かんでくるのか謎すぎる。永遠に謎のままであってくれ。解明したくない。

カバンを開くと中は四次元になっており、かなり奇妙だ。最新式の何でも入る四次元カバン、ポケモンという不思議な生き物がいるからこその発明品だろう。科学のちからってすげー。
中にはモンスターボールやきずぐすり、状態異常を治す薬など旅に必要なものがあらかた揃っている。
何でも入ると言うだけあって、明らかに容量オーバーであろう寝袋なども入っていた。

「金があったら旅なんてしなくていいのに」
「お財布にはご飯代くらいしか入ってませんでしたしね……」
「面倒すぎる…パスポートも消されてるし……」

パスポート。そう、一番面倒なのがこれ。僕の現住所であるブラックシティは、少し特殊な街のため街自体に入るのに面倒な手続きがある。住民にはパスポートが用意されており、それがないと街に入ることすら出来ない。パスポートを作らなくても入る方法もないわけではないが、これがまたかなり面倒。

「パスポートは再発行したり出来ないんですか?」
「無理なんじゃない?IDから消されてるし、再発行しようにも僕未成年だし、手続きが色々面倒なんだよねーあの街」
「チャンピオンロードと同じく入場を制限されている街でもありますもんね……」
「バッジ8個必要とか…オッサンは僕に羽探しとジム巡りをさせたいってわけね……だるすぎるし思考読まれてるみたいでムカつく」

僕が絶対ブラックシティに戻ると分かっているからこその布石だろう。結局の所、今の僕にはあの家にしか戻ることが出来ないのだから。
オッサンが何をしたいのかは分からないが、面倒なことが起きそうなことだけは分かる。


「お待たせ〜!」

ハチの声と共にいい香りがリビングに広がり、誰かの腹の虫が鳴いた。

「お、おなか鳴っちゃいました…!えへへ」
「そういえばランチタイムのお時間でしたですね〜!」
「……量がやばい」

いつの間にかテーブルを埋め尽くすほどの料理が並べられていて、あまりの量に思わず圧倒される。まだ一時間も経ってないのに、これだけの品を本当に二人で作ったのかと不思議になる量だ。ハチはイカだし出来なくはないのか…?

「ほら、腹が減ってはなんとやらって言うでしょ」
「腹がはち切れて戦場に立てないんじゃない?」
「ああ言えばこう言うわね。ま、大丈夫よ〜エラちゃんがいるもの」
「あー…なるほど」

すでに食べ始めているエラの片手には、山のように米が盛られた丼が。見た目は10才にも満たない少年なくせに、あのふわふわはあの丼をあと二杯はペロリと完食してしまう大食漢だ。
席についたが、みるみる減っていく白米を眺めているだけでお腹がいっぱいになりそうだと息を吐く。すると、頭上から声がかかる。

「シウンは食べないのか?」
「食べるけど、この量は何…」
「作りすぎたんだ」
「ふぅん?」
「今日の味噌汁は俺が作ったんだ」

そう言って味噌汁を並べていくイルア。作りすぎたっていうレベルじゃないだろうと呆れる僕に気づいていないのか、イルアは若干キラキラした目で僕を見る。空色の瞳から逃げるように手を合わせ、先程運ばれてきた味噌汁を一口。熱くて舌がじわりと痛んだが、息を吹きかけ少しずつ出汁の効いた味噌汁を啜っていく。

「…………」
「うん、美味しい」
「!そうか…」

顔を綻ばせ、嬉しそうにまたキッチンに戻っていくイルアの背中に、左右に揺れる尻尾が見えた気がした。

「ゾロアークに尻尾はないんだけどなぁ」
「?あ、シウンさん、この肉じゃが、ジャガイモがほくほくでとっても美味しいですよ!」
「…あ、うん…」

笑顔で肉じゃがを勧めてくるエラの手には先程見たときより米の量が増えた丼が、一瞬思考が停止しかけたが改めてエラの食欲にドン引きした。

「この煮付けも美味しいですね〜!イルアさんどんどんお料理が上手になって、この間のお魚真っ黒事件を起こした人だなんて思えません!」
「ですですね〜!あれは大変大変傑作でした〜!」

花の形に切られたにんじんを口に放り込みよく噛まずに飲み込んで、確かにと、エラの言葉に心の中で頷く。初めて包丁を握ったのがあの不細工なウサギのリンゴだったし、それを思えばかなりの成長だと思う。ハチの教え方がうまいのか、イルアのポテンシャルが高いのか、まぁどっちでもいいけど。まともなご飯が食べられるのはありがたい。



「で、みかづきのはねのことなんだけど」
「そうね。お腹は満たせたし本題に戻りましょうか」

テーブルの上に広げられていた食べ物の大半はエラの胃の中に収まり、イルアにコーヒーを淹れてもらい、一息ついたところで話を戻す。ハチと向かい合ってテーブルに着き、いい豆を使っているコーヒーに安物のミルクと砂糖を大量に入れてかき混ぜる。そして、薄茶色になったコーヒーを一口飲んで、スマイルの言葉を思い出す。
持ってる人からゲットしてしまおう。というスマイルの発言は完全にアウトだが、正直面倒じゃなければ何でもいい。ちなみにスマイルはうるさいからイルアとエラと共に皿洗いにいっている。
伝説やら幻とやら言われているポケモンを真面目に探してやる暇はないし、そんな暇があったら昼寝をする。

「近々、この近くの街でオークションが開催されるのよ」
「オークション?」
「ただのオークションじゃないけどね」

怪しく笑ったハチに嫌な予感を感じながら、一応話は最後まで聞くことにする。

「珍しいもの、ポケモン、人、何でもありの違法オークション。そこならみかづきのはねも出品されているかもしれないわ」
「結局金じゃん」
「あら、誰がいい子になれ、なんて言ったの?」
「……はぁ…真面目に聞いた僕が馬鹿だったよ」
「まともだと思っていた?」
「冗談」

大きくため息を吐いてコーヒーを啜るが、苦みと甘みが混ざり合って今は気分が悪い。
金がないなら奪えばいいじゃないって、簡単に言えばそういうことなんだろう。最悪に面倒な手段で呆れる。

「出品されていたとしても、僕とイルちゃんだけでどうしろって言うんだ…」
「そのイルちゃんは誰に鍛えられたと思ってんのよ」
「アーー…ビットネエサンデスネ」
「ま、コソコソしてるしか能が無い金持ち連中なんてどうとでもなるわよ」
「計画が甘すぎる…」
「力でねじ伏せなさい」
「脳筋かよ…………じゃあ」
「?」

首を傾げたハチの目を見る。ペンキで塗られたような黄色と黒。見えてないんだろうけど、それをしっかりと見て、手袋に覆われた手を取る。

「僕と一緒に来てよ」
「!」

大きく見開かれた目をじっと見て答えを待つ。
これはただの欲。
ほら、隣の芝は青いって言うし。

「ふ、ふふっ!…とっても素敵なお誘いだけど、お断りするわ」
「だろうね」

パッとハチから手を離してひらひらと振る。
結果は分かりきってたけど。
出そうになったため息を飲み込んで、にこにこと嬉しそうなハチを見やる。

「もう、久しぶりにときめいちゃったわ!」
「揺らいでくれた?」
「ふふっラクがいなければ、シウンちゃんについていくのも悪くなかったかもね」
「あっそう、もうどうでもいいよ」
「興味が薄れるのが早いわよ!?」

どうせこれ以上口説いても結果は変わらないだろうし、僕のになってくれないなら別にどうでもいい。

「あんなに熱烈に告白してきておいてーー!」
「盛大にフッたのはBB-8なのに」
「もうっ!」





「お皿洗い終わりましたった!!」
『おわりましたぁ!』
『終わったぞ』

キーキー喚いていたハチをなだめてオークションの詳細を聞いていると、皿洗いを終えた3人が戻ってくる。エラとイルアはなぜか原型に戻っていて、イルアのたてがみの上にエラが乗っている。なんで?

「お疲れ……これはどういう状況なの?」
『ああ』
『イルアさんの髪がとっても素敵なのでもふもふさせて貰ってるんです〜』
「ではワタシもお邪魔をばばば!』

ふわふわの毛にタブンネとメテノを乗せたゾロアークが完成する。いや全く意味が分からないけど、タブンネとメテノって結構重くなかったっけ?イルちゃんの体幹安定しすぎ…ポケモンってみんなこんななのかな。

『何話してたんだ?』
「そろそろここを出ようかなって」
『!』

イルアは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐ真顔に戻り、『そうか』と頷く。イルアに乗っていたエラとスマイルは固まり、信じられないようなものを見るような目でこちらを見ていた。いや、正確にはスマイルの表情は原型だからわかりにくい。

「そうだシウンちゃん」
「?」
「これ、オークションに行くなら必要なものよ」

そう言って渡されたのは仮面。狐のような形をしており、妙な模様が描かれている。模様は三日月のようにも見えて、何だか気味が悪い。

「趣味じゃないんだけど…」
「もう、文句言わないの!」

受け取りを拒否すると、有無を言わさずカバンに仮面を突っ込まれた。気味が悪い仮面を持ち歩くの嫌すぎる。
仕方なく仮面の入ったカバンを肩から提げ、新品のスニーカーを履く。サイズがぴったりでキモい。
パーカーの袖をたくし上げ、カバンに入っていたリストバンドとブレスレットを付ける。リストバンドはポケモントレーナー用のサポーターらしい。
普段から付けている息苦しいチョーカーを引っ張ると、伸びるぞなんて言葉が飛んでくる。かまいやしない。

「じゃあ、」
『世話になった』
「ええ、気をつけてね。楽しかったわ」
「またまたまた来世にでもお会いしましょお!!!」
「それは嫌だ」
「ガガガーーーン!!!」

ハチとスマイルに手を振り、最後にエラの方を振り返ると。

『シウンさん!!』
「うわっ、」

ポスンと腹に柔らかいものが当たる。咄嗟に受け止めそれを見ると、エメラルドのような目がボロボロと涙を流しながらこちらを見上げていた。

『やっぱり…行っちゃうんで、でしゅか?』
「うん。エラ……ぶさいくになってる」
『うっ、うぅ〜〜!さみじぃでじゅ!』
「…うん」

ぐしゃぐしゃの顔を僕の腹に押し付けて、タブンネの姿のエラは涙を流し続ける。
一旦体を離して、エラの目線にあわせてしゃがみこむ。流れる涙をハンカチで拭ってやるが、次から次へと涙は溢れてくる。
たった2週間程度一緒に過ごしただけなのによく泣けるなぁなんて思うけど、エラの涙を見ると胸のあたりが少し物足りなくなる。

『ふっ、うぐっ、け!ケガには気をっちゅけて、くだしゃいねっ!絶対!でもでも、ケガをしたら、いつでもふぐっ、帰って、きて…ぅぅ…いいでふから、ね』
「うん」
『けっケガがなくても、かえ帰ってきてねっ!ぜったい、ぜったい…』
「うん、エラに会いに来るよ」

少し冷たくなったエラの手を握り、しっかりと頷く。
ふわりと白い煙がエラを包む、柔らかそうなまつ毛が涙でしっとりと濡れている。
少し高くなった目を見上げると、綺麗なエメラルドグリーンの瞳が真っ赤になり、鼻からは鼻水も出ていて、思わず笑ってしまった。

「…シウンしゃん、おぉ元気で、グスッ…いりゅあしゃんも!」
『ああ、世話になった』
「ん、エラも元気でね」
「ふぁい!」

元気よく返事をしたエラの頭を撫で、立ち上がる。隣を見ると、同じくらいの目線に空色が見えた。その事に何故か満足して、外へと続く扉に手をかける。

「シウンさん!」
「?」
「いってらっしゃい!」


涙で汚れた顔がくしゃりと笑う。

「……、――…」

肩の辺りが軋む、開いた口からは空気が出るだけで言葉はない。それでも、頬の筋肉を持ち上げて笑う。ぎこちなさが自分でも分かるくらいの笑顔。そんな顔でも、エラは嬉しそうにまた笑った。
いってきます。なんて、むず痒い言葉は言えなかった。



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