役目

「この役目は、お前にしか頼めない。この始末を、宜しく頼む」
そう、師匠でもあり、親族でもある千手綱手に言われて断れる筈もない。元より、他のヤツらと同様に、里の為に命を捧げて来た身だ。里の為になるのなら、友ですら手に掛ける。そう言う暗部場所に居たのだ。何だってこなして見せる。
「綱手様……世話になりました」
「お前とも、お別れか……寂しくなるな」
「こうやって挨拶が出来るだけ、恵まれています」
「ああ、そうだな」
元よりこの移動の為の術は一方通行。二度と帰れないと分かっている。場合によっては最終目標の術の作用で命を落とすだろう事は、術式を見れば分かった。けれど、これをしっかり展開させなければ、この世界が、あちらの世界を飲み込んで破壊してしまう。厄介な術を私の先祖は開発したものだ……其れを禁呪として封印していたのに、戦のどさくさに紛れて持ち出した馬鹿により、術を施行された。であるなら、制作者の曽孫ひまごで有り、この時代において最も彼の術を理解している私が赴くのが一番だった。火影であり師匠である綱手の手紙を持って、私は何とか作り出せた転移術で知らない世界へ移動した。

***

人知れず降り立った世界は、木の葉などより科学の発展した場所なのだろうと理解出来た。何処に、この手紙を持ち込めば良いのかを早急に判断する為に、あちこち侵入して見て回った結果、千手名前は警察庁警備局警備企画課内のゼロと言うコードネームの部署を束ねる男の元へ行き、手紙を渡した。
何とか信じて貰えた名前は、男の部下の一人と協力する様に言われた。今回は、その顔合わせだった。

「木の葉隠れの里より、我らの戦の後始末の為に派遣されました、千手名前と申します」
そう言って、頭を下げる。
「警察庁警備局警備企画課、降谷零だ。こんなファンタジー小説の様な事、俺は信じられない」
眉を寄せるのは、名前とは真逆の師匠と同じ様な色の髪と目を持つ色黒の男だ。
「信じていただけなくとも、私は動きます。この事をお知らせするのは、勝手に余所者が彷徨うろつくのは良い気分では無い事を知っている為ですので……元より、協力頂けない事は想定内です」
「何も協力しないとは言っていない。上からは監視と協力を命じられている」
「それは助かります。此処は、木の葉と似ている様で違う所が多いから……一般人になりすますのが難しくて」
ーーへえ、似ている所も有るのか。しかし監視は想定内という事か。
そう思いつつ、其れをおくびにも出さずに、降谷はこの千手と言う女に何が出来るかの確認をしようと口を開く。
「彼方では何をしていたんだ」
上忍として護衛や情報収集、戦場で部隊の指揮をとりつつ前線に出たり、医療忍者として戦場を走り回ったり、火影直属の暗殺戦術特殊部隊、通称暗部として、対象の暗殺や護衛、監視、情報収集を行なったり、数代前の先祖が術開発を行っていたため、引き継いで其れの研究と術の開発や禁呪指定された術の封印……あとは、つい二か月前まで十数年ぶりの戦だった為に一か月程は意識不明状態で入院していて、やっと意識が戻ったら、ここ一か月は戦後処理として、今回の件の解決策を編み出す為に東奔西走していた……其れを思い浮かべて名前は遠い目をした。
「簡単に言えば、情報収集、護衛、医療行為、暗殺、術開発と術封印、が主な仕事で、つい二か月前に戦に駆り出されて死にかけて、意識が戻ったら、今回の件の為にここに来ました」
「暗殺に戦、ね」
自分とあまり歳の変わらないだろう女の口から出た言葉に、警戒レベルが引き上げられた。
「ええ、暗殺戦術特殊部隊、略して暗部に十歳から先日まで在籍していたので、暗殺は任務の一環でした。里が戦場になり、火影様をはじめとして大勢死にました。今回は、その事後処理です」
先日までの在籍とは、まるで帰られないと分かっているかのようだ。
「しかし、この件が終われば復員するんだろう」
何の気なしに聞けば、女は困った様に頭を振った。
「ここに来た転移術は一方通行ですので、帰ることは難しいんです。まあ、此れが片付いて私が邪魔なら、仰って下さい」
「どうせ邪魔になるだろう。身元不明の女なんて」
「そうですね。其の方向で準備します」
降谷はこの時、千手名前が帰るのだろうと思い込んでいた。当の千手名前はこの時、特に思う所なく、やはりこの件を終えたら自害して身元不明の女の死体に成れば良いとサラリと決めていた。

***

一般人になりすますのは、降谷の指導を受ければ簡単に出来る様になった。
この世界での常識や知識なども、資料を受け取り読み込んで、変だと思われないで日常会話が出来るレベルになって来ている。
普通にその辺りに居る女性。そう見えるように過ごしつつ、術をゆっくりとじっくりと展開させて行く。その為に結構あちこちに出向く名前は予期せぬ内に事件に出会したりもする。
ある時は爆弾処理中、生き絶えそうな刺された人間の前、自動車に轢かれそうな男の居る道路……出来うる限り、少し運動の出来る一般人程度に抑えて私は彼らに手を貸した。まあ、爆弾処理なんて出来っこ無いから、渾身のパワーで爆発物を空中に投げ飛ばしただけである。そのあとはトンズラした。バレる訳は無い。きちんと黒髪黒目の実在しない別人に変化していた。

***

そして、作業を始めて二年目。ようやく展開の済んだ術を降谷立会の元で、発動させた。
薄らと繋がっていた世界の糸が途切れるのを感じて、成功を知った。チャクラ自体は新たに練ることが出来る為、今までと同じ事は出来る。けれど、死ぬのだからどうでも良い。降谷が状況確認をしている間に、千手名前は得意の水遁を利用し水で作り上げたクナイを握って喉に突き立てた。

突き立てたはずのクナイは弾き飛ばされ、ただの水となり地面に吸い込まれ、降谷が両の手首を握って厳しい表情で立っていた。
「何をしている」
「役目は終わった」
「帰るんじゃ、ないのか」
「繋がりは消した。其れがこの世界を守る術だった」
「お前が死ぬ必要が有ったと?」
「いいえ、ここまでで完成し、後は何が有っても綻びは出ない。私が死ぬのは、この世界に私は必要無いから」
「何故……」
「どうしたの。貴方と共に過ごせて楽しかった、だから、最後の思い出をくれた貴方には感謝してる」
「俺が必要としても、生きてはくれないのか」
「……其れは、けれど、私は身元不明の女、邪魔になるだけでしょう」
「戸籍は無いが、今はもう、身分証もあるだろう……それに、俺はお前に居て欲しい。なあ、名前……生きる意味が欲しいなら、俺と結婚してくれ」
結婚なんて、考えた事も無かった。ここ二年間で深い仲になった降谷とですら考えが浮かばなかった。けれど、幼い頃には夢見た事も有る。ああ、柄にも無く嬉しくなって久しぶりに笑った。
「私みたいな女で良いの?」
「お前の任務への直向ひたむきさは良く知ってる。その幾分かを俺に向けてはくれないか」
「そこまで言ってくれる貴方の為になら、生きるのも悪くなさそうね」
こんなに真っ直ぐに名前自身を見てくれる異性は初めてだった。千手扉間と言う曾祖父の血と名を見て近づく連中は男女問わずに大勢居た。けれど、そのネームバリューも何も、彼は余り知らない。
珍しく諜報の為でも無く自然と笑んだ顔を寄せ合い、どちらとも無く唇を重ねた。
「この世界、この国の普通の家庭ってものは知らないから、そう言うのは諦めてよ?」
「はは、俺と一緒になったら普通の家庭ってのは元々無理だ。悪いな、其れを教えてやれなくて」
「私達の普通も今度から教えてあげるわ……忍者の生き方を、ね」
「忍者?」
「詳しくは帰ってから話しましょう」
怪訝な目をする零に名前は緩やかに笑った。

***

「名前、本当に?」
二代目火影千手扉間の曽孫で、扉間の知能をしっかりと受け継いでいた名前の、今までを知って零は目を見開いた。やっと出たのはそんな言葉だった。
「ええ、貴方の役に立てるでしょう?」
確かに魅力的な申し出だった。名前の変化の術をはじめとした忍術や体術は諜報活動に欲しいモノが多い。
「俺は、お前を利用したい訳じゃあ無い」
「私が役に立ちたいのよ。何もせずに帰りを待つなんて、しょうに合わないし」
「はあ、分かった……ただし、の協力者だ。他には貸してやらないからな」
堂々巡りだと早々に気付いて溜め息と共に許可を出す。
「そうなれば、近いうちに長期の任務が有る。明日にでも資料をやるから頭に叩き込んでおけ」
「分かったわ、今日は……二人きりって事で良いのね」
「ああ……当然だ」
二人の夜は長いだろう。寄せ合った手のひらが、それを物語っていた。

***

とある組織に降谷と部下で同期の諸伏が潜入捜査を始めて二年。二人はコードネームを得ていた。