戻れやしないから 2

米花町2丁目23番地、木馬荘。
今のアタシの住処。アタシ以外は男二人と大家一家が住んでいる。
庭が荒れ放題なのを見かねて草むしりを申し出て、時間がある時にする様にした。中々にスッキリして来て気持ちが良いが、自分の住む場所じゃあ無かったら面倒だったろう。
アタシの隣が一年以上は空き部屋だったが、そこに沖矢昴という大学院生が引っ越して来た。男ばっかりだが、気にはならない。そんな中で命懸けの旅を続けた事に比べれば、なんて事ない。隣室の沖矢さんはアパートの庭の草木に毎朝、水をあげているのを見る様になった。アタシが草むしりをしていれば、一緒にしてくれる事も有って、少しだけ話すようになった。家族も友人も居ないこの世界で、アタシは、ありきたりな会話にすら飢えていたのかも知れない。気付けば夕飯のシェアやお裾分けをする程度の仲になっていた。
ある日の夜中、バチバチとたきぎの爆ぜるような音と焦げた臭いにハッと目が覚めた。
−−−たきぎなんかじゃあ、無い!火事よ!
携帯電話だけをポケットに突っ込んで、部屋を飛び出して階段下に大家の杉浦さんの倒れた姿を見つけた。息は有るし心臓も動いている!そして聞こえた子供の泣き声。
「っく…… ディープ・パープル!」
アタシのスタンド、ディープ・パープルは自分の周辺の気体を操る事が可能!だけど、ある程度なら無理はきく……杉浦さんの周辺に空気の層を作り、其れを二酸化炭素の層で覆って、大家一家の部屋へ走る。波紋の呼吸は生まれつき出来ている!さらに意識して少しでも身体能力を向上させる。煙を吸わない様に何て容易い。
開人カイト君!」
「みど、名前お姉さん?!」
「良かった、ちゃんと捕まっているのよ!」
左腕に開人君を抱き上げ、元来た廊下を走る。杉浦さんを通り過ぎて、開人君を外へ連れ出し、地面に下ろして立ち上がった。
「ここに居て!お父さんはアタシが助けるから!」
駆け出す名前を止める者は居ない。

大家の杉浦さんを必死で担いで外へ出ると、野次馬がいた。
「っ……あの……救急車と消防は呼んでくれました?」
「え、あ、おい!誰か呼んだか?」
野次馬は呼んでくれていないらしい。
「火事です。救急車が必要なのは小学一年生の男の子が一人と三十代の男性一人です。……はい、男性は火傷が…………」

結局はアタシが救急と消防どちらも呼んで、燃え盛るアパートを見上げた。明日のバイトも何とか合格した大学も警察の事情聴取が有るだろうから無理だなと、バイト先に連絡を入れて三日の休みを貰った。今日は金曜日だから、未だ助かった。土日で終わってくれたら、月曜日の午前中に役所や銀行に行ったりしても、大学には支障は無いだろう。早く終わる事を願った。
最近始めた趣味の道具も全部燃えちゃったし、どうしようもないかな。

その火事から一時間程で、アパートの住人はアタシを除いて二人揃った。警察も来ていたが、夜中で有るため事情聴取は翌日だと言われた。アタシ以外の住人は車中泊をすると決めたらしい。ホテルに泊まるにしても、貴重品は全て炎に消えたし、アタシは車何て持っていない。公園辺りで一夜を明かすしか無いだろう。
「煙崎さん、ご一緒にどうですか?」
「沖矢さん……でも悪いですよ。」
「ですが、そうしたら煙崎さんの事です。その辺のベンチで夜を明かすつもりでしょう?其れを放っては置けませんから」
バレバレらしい。知り合ってから、そう長くは経っていないけれど、分かり易いのだろうか。
「まあ、アタシは有り難いのよ?沖矢さんが良いって言うんなら、ね。」
沖矢昴の愛車は赤いスバル360と言う古いけれど可愛い車だ。
「どうぞ、喜んで。」

車の助手席に乗って、座席を倒した。
「あ、思いの外、近い……ですね?」
横になってふと横を見ると、沖矢さんの顔が予想より近くて照れてしまった。別に見た目が好みな訳でも無いし、声だって好みって程じゃあ無かった。
「ああ、本当ですね。僕、後部座席に行きますよ」
「いいえ、気にしないで下さい。私がお邪魔しているのよ?」
「そうですか?でしたら良いんですが。」
何故だろう、あの約50日程の日々で、眠ろうとしたら眠れるようになったのだから、余り馴染みの無い男との車中泊でも眠れない事は無いだろうとは思っていたが、予想よりしっかり眠っていたみたいでスッキリとした目覚めだった。
「おはよう御座います、煙崎さん。」
「沖矢さん、おはよう御座います……はあ、どうなるんでしょうね。沖矢さんは行く宛は有ります?」
「それが、困った事に……無いんですよね、行く宛。」
「お互いに困りましたね。せめて米花町内に住む所が見つかると助かるんですけど……。」
少し話して、ちょっとの別行動をした。一番近い公園の水道で顔を洗いアパート前に戻った。部屋着をペラペラになった捨てる前のシャツやパジャマじゃあ無く、ちゃんとしたロングシャツにレギンスを着ていたのは、いつ何処で誰が見ているか分からないからなんて、そう言う理由じゃあ無くて、いつでも戦えるように備えての事。そう言う事は、もう染み付いた癖になっていた。自分の血も返り血も見え難くしてくれるブラックカラーを好むのも、同じ理由だった。だから、こんなに眠れたのが不思議だった。

***

事情聴取が始まって少し経って、アタシ達はアパート前に呼ばれた。そこには、刑事さんと五人の小学生が居た。開人君の同級生だろう。そのうちの茶髪の女の子が妙に怯えているのが気にはなったが、再びパトカー前に戻された。何だったのよ。
その後、眼鏡の子供が事情聴取に混ざって来て驚いた。
「アタシは部屋で寝ていました。木の爆ぜる音と、焼ける臭いで目が覚めて携帯電話だけは握って、廊下に出たら大家の杉浦さんが倒れていました。息は有って脈は有りましたから、取り敢えず引き摺ってでも連れ出そうと思ったら、開人君の声が聞こえたので、大家さんの部屋へ向かい、開人君を見つけたので、抱き上げて走って外へ連れて行って、急いで大家さんの所へ戻って、担いで外へ……そしたら野次馬の誰も通報していないって言うから、アタシが救急車と消防車を呼んだんです。好きな色は、黒ですね。合わせ易いし汚れも目立たないので。と言っても庭の草むしりをする時は黒でも汚れは目立ちますけど。ああ、アタシが入居し始めた時、庭の草が凄く生えていて気になってしまったので、草むしりをしていました。沖矢さんも時々手伝って下さっていましたよ。」
取り敢えず聞かれた事を正直に言って、他の人の話を聞いていた。一通り聞いて、アタシは刑事さんに近付いた。
「ねえ、刑事さん。真壁さんの言ってる事が変なんですけれど……」
「変って、どの辺がです?」
「まず、好きな色でネイビーグリーンって言いましたけど、サバイバルゲームって迷彩服じゃあ無いですか?だったらオリーブドラブって色だわ。それに、ペイント弾を撃ち合うのはペイントゲームって言うんです。サバゲーで撃ち合うのはBB弾って言う小さな弾ですから。ああ、そう言えば以前、聞いた事があるわ……ペイントゲームのカラーは水性塗料、つまりそんな風に残りはしないんですよ。」
そこまで言えば、後を眼鏡の少年が引き継ぐように推理が披露されて行く。
その中で、アタシは緑の人、らしい。サバゲーで連想されたのが、自衛隊車両で緑なんだとか。

結局はアタシが怪しいと思った男が放火犯だった。其れは良いんだけれど、アタシの住む場所が無いのは問題だわ。
「へえ、その博士に会ってみたいなあ。」
「うん、良いよ!」
「それは有り難い。煙崎さんも、一緒にどうだい?」
「悪いわよ、そんな……」
そりゃあ、アタシだって誕生日に当時は最新だったパソコンを買って貰って、パソコン通信だって楽しんでた事も有ったけれど……きっと五年も経てばこう言う世界も大きく変わっていて、ついては行けないだろう。身に付けた筈の技術や知識が何にも役に立っていない。
「このお姉さんも一緒に良いかな?」
「うん!案内してあげる!」
勝手に話が進んでいる!まあ、博士と呼ばれている程なのだから最新のパソコンだの何だの有るのかもしれない。少しは勉強になるだろう。理解出来るかは不明だけれどね。
「ああ、そう?だったら、お邪魔しちゃおうかしら。」

***
2020/01/18
沖矢ルートと言う事にします。
ええと、サバゲーについては私の知識ですね、はい。何やコイツが犯人じゃねえのか?って思ってたら、本当にコイツが犯人でしたもの。びっくりした。この世界の探偵さんは歩く辞書やな。