戻れやしないから 5

「煙崎名前さん、ですよね?新しく入った安室透です。よろしくお願いしますね。」
新しいバイト君は、垂れ目に、アタシよりマイルドな金髪に青い目の色黒な童顔の男だった。こんな落ち着いたカフェテリアには似合わない様にすら思う。
「ああ、貴方が。此方こそ、よろしくお願いします。」
仕事を教えれば教えた以上に覚えていくイケメン君に、こんな所じゃあ無くて、もっと良い仕事が有りそうなものだなと思ってしまうレベルだった。

ある日、忙しくは無いが、毛利さんの一人娘である蘭ちゃんと、居候のコナン君、蘭ちゃんの友人である園子ちゃんがランチに来てくれて居た。バイトはアタシと安室さんである。この顔で29歳とか詐欺だろうと思ったのは悪くないと思うのよね。

新規のお客は開口一番イタリア語だった。父がイタリア系日本人で、お爺ちゃんノンノがイタリア人だから、馴染み深い言葉だった。
「Buona sera. Questo è un bar? Una caffetteria?(こんにちは。ここはバール?喫茶店?)」
「Benvenuti. È una caffetteria. Non c'è alcool.(いらっしゃいませ。喫茶店ですよ。アルコールは出していないんです。)」
「Possiamo sedere?.(座って良い?)」
「Sì, certo.(ええ、どうぞ。)」
男女二人組のイタリア人を席に案内して注文をとり、ちょっと雑談をして、注文通りのコーヒーを出した。エスプレッソが欲しいと言うのでスティックシュガーも多目に置いて、手作りのクッキーを添える。クッキーなどの茶菓子を添えるのは元々のメニューだけれど、イタリアっぽくてアタシは気に入っている。
「Ci piace?(お気に召しました?)」
と聞けば笑顔でBuonissimo.(スゴく美味しい。)、Troppo buono.(美味しすぎるよ。)と口々に言ってくれた。満足して帰って貰えてホッとしたアタシは、安室さんやコナンくんからの探る様な目を感じて戸惑った。けれど私は何も後ろ暗い事なんて無いから、気にしない事にして過ごした。

バイトをしながら、本屋で購入した高校三年分の勉強をして、目標だった高卒認定に合格できた。今は大学生として生活出来ている。ただ、頑張ってた。其れなのに、なんで私は少年に睨まれているのだろうか?工藤さんのお宅を借りた時は、そんな事なかったのに。
「私が何をしたと言うの?」
世界の為と言う思いは余り無かったが、偶然にも其れが結果的に世界にとって良い結果になっただろうと言うのは、分かっている。その結果が、知らない街で知らない人に囲まれて過ごす何て、罰にしかならない現在だって言うのにも、不満はあれど、何とか生きようと私なりに黙々と足掻いていた。
「本当に何もないの?」
「それとも何?キミは私の知らない何かを掴んでいるとでも言うの?」
偶然にも、安室さん、コナンくん、私の三人しか居ない時の事だった。
「去年まで無戸籍だったんでしょ?何でかなって!」
遠慮のない言葉はガツンと頭を殴られたような衝撃に変わって、私の感情に影響していた。
感情を押さえ込め、前の私を思い出せ!
「ふうん、其れを何で君が知っているの?警察官ってもう少し頼れるものだと思っていたわ……残念。」
情報漏洩よね、と付け足された言葉に、少年は良く分からないらしく怪訝な顔をしている。頭が良いのだろうが、やはり未だ子供だ。十代の承太郎や花京院に比べるまでも無い程に。
しかし大人である安室さんは、苦い顔をしている。しかし其れはまるで私が抱いた警察官への不信への、不甲斐なさを嘆くかのような……まさかね。
「時間になりましたし、上がりますね。お疲れ様でした。」
まともに生きる為に必死になっているのに、アタシの脳だけが可笑しく成っている訳じゃないって、誰も証明してくれない世界で、恋した想いも、家族愛も、仲間との信頼も何もかも、アタシにはもう無いと突き付けられた。生きているだけで責められている気分だった。
ああ、此れが友と生きたいと願った故の行く末か。やはりアタシのツェペリの血筋で、彼らとジョースターの血筋の人たちと共に在るのは許されないと、未来は無かったと、そう言うことよね。
「神様なんて、居ないんだわ。」
涙は出ない。アタシの脳内にしか居ない大切な人たちを想っても、もう泣けないのだ。

承太郎、アタシの初恋だった人。その声すら忘れている。代わりの様に思い出すのは、眼鏡の奥にある真っ直ぐなグリーンアイズだった。

2020/04/18