戻れやしないから 3

「しかし広いお住まいですね……ここにその子と二人で?」
「ああ」
阿笠博士のご自宅で自己紹介を済ませてからは、ぼんやり話を聞いていたアタシは沖矢さんの次の言葉にギョッとした。
「じゃあ、住人がもう二人増えても問題はなさそうですね。」
「え?」
とは阿笠さん。
「ん?」
と声が出たのはアタシだ。
「実は、住んでいたアパートが燃えてしまいまして、よろしければ新しい住居が決まるまでここに居させて貰えないでしょうか?勿論、暇な時は博士の研究の助手でも何でもやりますよ。」
なんて図々しいお願いしてるの?この沖矢さんって……そりゃあ、アタシも沖矢さんも困ってるのは本当だけれど。
「ああ……かまわんよ。この子が良ければ、じゃが。」
阿笠さんって良い人……女の子はさっきから阿笠さんのズボンにしがみついてるし、アタシらが住むって事は嫌がってブンブン首振ってるじゃない。普通はそうだわ。
「沖矢さん、デリカシー無いわよ。大人しそうな女の子が、知らない人と同居は嫌がるに決まっているじゃあないのよ。可哀想に、こんなに緊張しちゃって。ま、アタシもビックリしましたけれど……。」
「じゃあ、新一兄ちゃんの家使う?」
「新一兄ちゃんの家?」
「うん、今は誰も住んでないから……ほら、隣のあの家。僕カギ預かってるんだ。」
親戚か何かに預かった鍵を、有ったばかりの赤の他人に預けるって……どんなアマちゃんなのかしら?ちょっと正気を疑ってしまうけれど……。
「ほおー、立派な洋館だけど、良いのかい?」
「うん!」
ここで江戸川君と女の子が内緒話をしていたが、沖矢さんにアタシが話しかける間も無く、江戸川君が鍵を持って来た。
「はい、これ家の鍵。」
「本当に良いのかな?その新一兄ちゃんに断らないで……」
本当に。新一と言う人が目の前に居るならまだしも。
「うん!あとでメールしとくから。」
「ありがとう、助かるよ。」
「そのかわり、留守はしっかり守ってよ。」
「ああ、もちろん。」
その流れの殆ど、いや全てが予定調和に見えるのはアタシの気のせいなのだろうか?もしかしたら、沖矢さんと江戸川君は元から知り合いだったとして、初対面を装っているのなら、この異様なスムーズさは頷ける。けれど、そう装う理由は何なのか?この二人には謎が有る。

謎だが、アタシも住まわせて貰えるとの事だった。ルームシェアだと思えば良いか。沖矢さんは全く知らない人じゃあ、無いのだから。

***

二日後の月曜日、アタシと沖矢さんは通帳だの何だのと燃え尽きた物の再発行等をする為に朝っぱらから、役所や銀行にと駆けずり回り、昼食時には何とか済ませる事が出来た。大学は午後の講義には間に合いそうで良かった。
「簡単なモノで良いですか?」
「いやあ、作って貰えるなら何でも有り難いですよ。」
さっと買い物を済ませて、大きな鍋にパスタ用の湯を沸かし、冷製パスタ用に大葉を千切りにしてトマトは湯むきしてダイスカット、ツナ缶のオイルを切って、ニンニクの芽を取ってすり下ろしたらオリーブオイルと塩を全部ボウルに入れて混ぜる。皮ごとオッケーなマスカットは半分に切って、モッツァレラチーズはダイスカット、ミニトマトも半分に切って、パセリの微塵切りとイタリアンドレッシングを作って馴染ませておいて……カッペリーニを茹でたら、しっかり水気を切って、ソースと和える。ちょっと味をみて、塩とブラックペッパーで整えて、と……何とかなるモノだわ。
「もう、沖矢さん。ずっと見ていたんですか?」
「いやあ、手慣れているなあ、と。」
「ふふ、まあ、一年以上は喫茶店でバイトしていますもの。さ、沖矢さん、盛り付けましたから、運んで下さいませんか?」
「ええ、勿論ですよ。名前さん。」
「あら?」
「おや、嫌でしたか?」
「ん、まあ、良いですよ。昴さん?」
乗っておいて何だが、このやり取りは照れるわね……付き合っても無いのに恋人じみたやり取りをするなんて。ああ、この人はモテるんでしょうね。

「とても美味しかったですよ。イタリアン得意なんですか?」
お皿をアタシが洗って、昴さんが拭いている時、そう聞かれて頷いて答えた。
「アタシ、イタリアンと和食なら、そこそこ出来ますよ。まあ、基本は自分が食べたい物と、誰かに食べて欲しい物から少しずつ覚えて行くものだと、アタシは思っているわ。」
「恋をした女性が美しくなるように、ですか?」
「まあ、良く料理で異性の胃袋を掴めって言う人も居ますものね。でも、急に料理上手にはなれないから……好きになった人が料理下手でも、ちょっとずつ勉強している様だったら待ってあげてくださいね。」
「なるほど。まあ、幸い僕は待たなくて良さそうですけどね。」
「は、ははは……。」
嘘でしょ。これって口説かれて……今までそんな素振り無かったじゃあないの!遊ばれていると言うの?でも、今まで隣人として見てきた為人ひととなりでは、そんな人じゃあ無いと感じている。けれど、どう言うつもりなのか見極めてからじゃあなければ、信じては駄目。

見極めなきゃ、そう思っていたのに……仕草に言葉にドキっとする事が増えていると、気付いてしまった。
意識したら意識した分、やっぱり男の人で……アタシなんて何十回ループを経験していたとしても、まだ二十歳になったばかりのガキだもの。この男は裏が有りそうだって思ったのに、本気になっちゃ、ダメだと思うのに……気になってしまう。
アタシそんなに惚れっぽかったかしら?

***
2020/01/19
料理は参考にしないで下さい。分量書いてないし、うろ覚えや。
2020/04/05 加筆修正