しばらく人が住んで居ない割に綺麗な部屋に、誰かが掃除しに来ているのだろうと予想はしていた。けれど、工藤新一君が知っているならば、その手配を止める位はしただろうと、勝手に思っていたのはアタシだ。
昼食後に、アタシの次に歯磨きをしている昴さんが居る洗面所が何だか騒がしい。女の子二人の声がする。
スタンドを出して様子をうかがえば、女の子が二人。その内のロングヘアの子に蹴られて昴さんは転んだらしい。慌てて向かったアタシにも彼女は「仲間がいたの?!」と構えている。
「あ、ちょっと待って、落ち着いて、っく!」
予想以上に思い切り蹴られて、昴さんの方へ吹っ飛んだ。ぶつからない様に無理矢理、体を捻って床に転がる。結構、蹴られた腹や、ぶつけた腰等が痛いが、波紋で和らげたアタシは、くるりと体を捻って即座に立ち上がる。
「なかなか良い蹴りだわ。でも、アタシは
と構えもせずに落ち着くよう促していた時、その女の子のケータイが鳴った。
「え?一週間前からココに居候してる大学院生と大学生って、ホントなの?コナンくん。」
どうやら誤解は解けたらしい。それはそうと、そろそろ出発しなければ講義に遅れそうだ。
「アタシ講義が有るから、悪いんですけど、後は任せます。」
「送りましょうか?」
「いえ、其処までには及びません。行って来ます。」
「ええ、行ってらっしゃい。」
昴さんに頭を下げ、挨拶を済ませ、女子高生二人にも「講義に遅れるから悪いけど出かけますね。」と声をかけて工藤邸を出た。
帰宅してみると、あの二人はもう居なかった。きっと、数か月の間、空き家だった割に綺麗だと思ったのは彼女達が、わざわざ掃除しに通っていたからだろう。工藤新一くんと仲が良い三人組だったのかも知れない。それか何方かが恋人だったのか。だったら伝えておいて上げて欲しかったよ、見た事の無い高校生探偵の工藤新一くん。
「Welcome home. 名前さん。」
「I'm home. 昴さん。良い匂いですね!」
素晴らしい発音で迎えられて、私も出来るだけの発音で返した。
「ビーフシチューですよ。市販のルーを使ってますから、食べられる味だと思います。」
鍋いっぱいのビーフシチューに、ちょっとビックリした。あの旅でなら直ぐに消費される量だけれど、二人では辛いと思った。
「やっぱり作りすぎましたか?」
「ええ、コレは多いと思います。まあ、煮込む料理って沢山作った方が美味しくなるのは分かりますから……そうだ、阿笠さんのところにお裾分けに行きましょう!ちょっと声掛けて来ますから、私達の分を取り分けて置いて下さい。」
阿笠さんのところにお裾分けをして、昴さんの作ったビーフシチューとバゲットのみと言う夕飯を取って、私は決意した事があった。副菜を常に幾つか作り置きしておこう、と。
そんなある日の夜、昴さんに工藤新一くんの母である工藤有希子さんを紹介された。息子さんから話を聞いて、様子を見に来たのだと言う。明るくて美人で、素敵な女性で、ホリーさんを思い出した。
有希子さんは、昴さんの料理のレパートリーが少ないと知って、これから時々だが顔を出して、昴さんにメインになる料理を教えると言ってくれた。
有希子さんの夫で小説家の工藤優作さんがアメリカを拠点にしている、と言うことで、来れる時間帯が夜になるのだと言われたが、無理しないで欲しいと伝えても、「私が気になっちゃうんだもの。」とにっこりされては、断れない。
良い人だと思った。家賃も相場を考えても、それに全く届かないレベルの額しか受け取ってくれない所か、空き家の維持してくれてるから、と差し入れと称した食材を持って来てくれる。私のバイトだけでは、到底有りつけない高級食材まで有ったりして、こんなに良くして貰えるなんて、不思議なくらいだった。それだけじゃ無くて、似合うお化粧の仕方や、新しい料理のレシピ、ファッションについてのアドバイスもしてもらえて、嬉しかった。
この家に居る間だけは、生きている事を許された様に思えた。
2020/04/19