シャロン・ヴィンヤード、クリス・ヴィンヤード、ベルモット……其れは一人の女を現す名だ。けれど、彼女に良く似た別の女が存在する。
ナマエ・ヴィンヤードはシャロンの第一子と言うことになっている女だ。日系アメリカ人の父を持つ事になっているが、その実は35歳の頃に5歳児にまで退行した別世界からの移住者だった。望んだ訳では無かったが、何時の間にか、そうなっていた。ナマエを拾ったシャロンは良く似た彼女を娘として育てた。未だ工藤有希子が藤峰有希子であり、工藤新一なんて存在していない頃だった。急にシャロンの目の前に全裸の幼児として光と共に現れた為に殆どの事実を打ち明けてはいたが、ナマエは、この世界について詳しくは無い。中学生の頃に友人と共にジョディと言う女教師が実はFBIだった所までは見たのだが、それ以降は興味も薄かった為に全く見ていなかった。故に誰がスパイであるのか何て知りはしない。けれど30代半ばまでに個人の趣味として得た多くの知識と経験は、其れを判断出来る程度には有った。
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「バーボン、待って、ちょっと落ち着きなさい。」
廃ビルを駆け登ろうとするバーボンを引き止めるのはリレと言うコードネームの女だった。
「離せ!」
声を荒げる姿は、追い詰められた仲間を助けに行こうとしている様にしか見えない。
「貴方、馬鹿よ。この様子を見ているのが私で良かったわね?」
そう言われてようやく立ち止まって男はリレを見た。
「スコッチを助けたいんなら、大丈夫よ……ライも貴方達と同じだもの。」
ココナッツの匂いがする黒い紙巻き煙草に火をつけて紫煙を漂わせながら、リレは静かに事実を伝える。
「馬鹿を言うな、そんな事があってたまるか!」
良く組まされた三人のコードネーム持ちが三人共にNOCだなんて、どんな確率なのだろう。
「ふう……熱くなりすぎよ?」
煙草を持ったままのリレはバーボンの前に立ち、ゆっくりと階段を登る。
「はあい、ライ。ちゃんとスコッチを説得出来た?」
「何とかな。リレ、そっちはどうだ?」
「バーボンったら思った以上に熱血漢でね、苦労したわよ。」
「リレも、なのか?」
NOCなのかを聞きたいのだろうスコッチにリレはいつものように笑う事もなく答える。
「私は、協力者になりたいの。詳しくは後でね……さ、どうするの?」
***
どうすると言われても、死体を確認させなければ納得させられないだろう。疑いが深ければ血液型や歯の治療痕などから確認をされるのでは無いのか。
「なあに、策も無しに死を隠蔽しようと思っていたの?お馬鹿さんね。幸い、組織にDNA鑑定出来る様な所は今は無いの。そうね、スコッチと同じ血液型で同じくらいの体格、年齢の男の替えの死体は実は有るわ。後はガソリンも。」
どうやって、そんな事が出来るって言うんだ?そう顔に書いてあったのだろう。妖しく笑った女は車のキーをバーボンに渡した。
「持って来てくれるでしょう?トランクに有るわ。」
確かに、そこにはスコッチと同じ体格の人間に遺体が入っているだろう袋と携帯ガソリンタンクが有った。何らかの理由で組織に始末されたのだろう。そうでなければ、こう都合よく準備出来るはずが無い。
リレのメイクとーー何処からくすねたのかーー血液パックでスコッチは死に顔を作り上げ、その写真を撮り終えてライとスコッチはその場を去った。
携帯電話を知らない男の胸ポケットにねじ込み、撃ち抜いて取り出す。遺体にガソリンをまいて火を放てば、性別も分からない程に黒焦げになる。
「さあ、送ってくれるわよね?」
「ああ……。」
リレに案内されるまま、彼女のセーフハウスの一つに行けば部屋まで通された。
***
あの死体はリレの部下だった。やらかした為に殺す羽目になったが、それも計算のうちだった。赤井からの情報でスコッチを生かす為に、よく似た男を見繕っておき、態とミスを誘って心臓を撃ち抜いた。それくらい、リレには当たり前に出来る事だった。
哀れな部下は、しっかりスコッチで有ると言う事にバーボンがしてくれる事になるだろう。
「ちゃんと、偽の解剖結果を残すのよ?バーボン。」
開口一番にそう言ってリレは未開封のペットボトルの緑茶をそれぞれの前に置いた。
「はあ、バーボンじゃない、降谷零だ。リレの言うチヨダは俺だよ。スコッチは作業班の諸伏景光。」
「ホォー、君達がそう言う関係だったとはな。俺はFBIの赤井秀一だ。」
「ナマエ・ヴィンヤード。悪いけど、私は組織育ちだから貴方達みたいに御立派な立場じゃあ無いわ。」
「まあ、ベルモットの娘なら、そうだろうな。」
「血の繋がりは無いわよ。5歳で捨てられた無国籍児だもの。」
「その割に似ているようだが?」
「偶然よ。日本人に多い遺伝子を持っているの。本当よ、女優としてのツテを利用して色々と調べたそうだから。」
「両親の事は覚えてないのか?」
「覚えているけれど、出生届も出さないし、望まれてなかったって事だわ。探してもないわよ。」
本当はこの世界に両親なんか居ない。むしろこの世界には本来、私だって存在すらしていないけれど、そんな事を言う必要などない。
「それをベルモットに拾われたと……。」
「ベルモットに感謝はしているけれど、それだけよ。」
あれでも、それなりの情は持って接してくれていた。私だって拾ってくれた彼女に一定の情は持っている。けれど、私を表の人間で居させられるだけの力量が有ったにも関わらず、私をたやすく裏に引き摺り込んだ。