忙しい合間をぬって、何とか三つ歳下の妹である小百合の結婚式の前に顔だけ出して仕事に戻るつもりだった松本
倒れた小百合の傍らにはホットレモンティーの缶が倒れ、薬のカプセルの溶残りだろう破片が溢れたレモンティーに混ざっていた。白いウエディングドレスは血に染まっている。
***
鑑識と救急車が到着したのを確認して奈桜子はその場に居た警官に断りを入れ、携帯電話を片手に部屋を出た。
「私です。神戸さん、申し訳ありません、妹が毒を盛られまして……私が第一発見者なので戻るのが遅れます。」
−−−おや、それは大変だ。そちらが落ち着いたら戻ってね。
「はい、分かりました。失礼します。」
同僚である神戸
「奈桜子か、久しぶりだな。」
「ええ、お父さん、お久しぶりです。混入された毒物は分かりましたか?」
挨拶もそこそこに、事件について尋ねるのは警察の
「苛性ソーダのようだ。」
「それは、随分と恨まれたものですね……しかし小百合が何故……。」
奈桜子と姉妹の父なら警察官である故に恨みを買う事もあり得るが、小百合はそんな子じゃあない筈だ。
「おや、コレは?誰かビデオを?」
犯行が映っている可能性を期待し、椅子に置かれていたビデオカメラを指摘すれば、小百合の教え子だったと言う毛利蘭、鈴木園子の二人がバッテリーが切れるまでだが撮影しており、これから見るのだと言う。
一通り見て、それぞれの容疑者についてもビデオで知る事が出来た。大切な家族の結婚相手の事は、当然調べは済んでいる。再びビデオを見て、園子が置いた缶と小百合の手に取った缶の違いに、偶然では有るが上手いこと重なったモノだと内心、感心した。犯人だって絞れる。だとしたらカプセルは、溶け出す時間が掛かるのだと誤認させる為の偽装だ。
そして、カプセルの溶ける時間により、松本清長しか犯人はいないとなった時、苛性ソーダが入れられていた缶には松本清長の指紋が無いと鑑識が言った。
「鑑識さん、念の為にお尋ねしますが、梅宮さんの指紋はついていましたか?」
「いいえ、付いていませんでしたよ。」
「そうですか……なるほど、ありがとうございます。」
−−−あとは、乾燥剤でも入った密閉出来る瓶かプラスチックのボトルでも有れば……。
と思っていれば、警察官の一人が乾燥剤入りの空瓶を廊下のゴミ箱から発見したと目暮警部に持って来るでは無いか。
その小さなボトルを鑑識に回すのを横目に、奈桜子は確信していた。
「目暮警部、私たち早く先生の病院に行きたいんですけど。」
毛利蘭と鈴木園子が目暮警部に訴えるがもう少し待ってくれとしか言えないらしい。
「もう待つ必要はありません。分かりましたよ、犯人。」
「へ?」
そう真顔のまま言う松本奈桜子に江戸川コナンは、腕時計型麻酔銃を園子の方へ構えたまま固まった。淀み無く告げられる推理内容はコナンの考えと同じだった。
犯人の高杉に清長は掴みかかり、言い合う中、携帯電話が鳴って、携帯電話の持ち主である奈桜子は皆から離れた場所に、するりと抜け出る。
「松本だ、どうした……ああ、私が出るしかないだろう。いや、大した事じゃない。調整を続けてくれ」
妹が死ぬか生きるかの瀬戸際だろうと、仕事は待ってくれないのだ。抜け出た時と同じ様に戻り声を出す。
「さ、犯人は分かりました。もうここを出て良いでしょうか?私、仕事を抜けて来ていますので。」
「もう少し待て、送ろう。」
「結構です。」
警察庁には今回は用が無い。警察官だと言うのも露見を避けたいが、それ以上に公安のオフィスの一つを父とは言え晒す訳には行かないのである。清長もおおよそは事情を分かっている為、多くを語りはしない。
「そうか。」
「では、失礼します。」
あくまでも仕事中であると言う立場を崩さない奈桜子に清長も引き止める事はしない。
「相変わらずの推理力ですなぁ。警察官になってくれたら助かったでしょうなぁ……」
「アレにはアレの生き方がある。」
オフィスには少し遠回りして戻る。其処での仕事は、知る者が少ない方が良いのだ。尾行されていないか、探知機や盗聴器の有無、そう言ったチェックは当然の事だ。警戒している風を明からさまにしない様に自然体を装うのも当たり前。
其処にあるのは表に出す事のない情報ばかりだ。
「おかえり、命があって良かったね。」
「ただいま戻りました。お気遣い有り難う御座います。お待たせして申し訳ありません。」
「ま、ああ言うのはしょうがないさ。さて、本題なんだけど、僕の部下の降谷くん……知ってるよね?」
神戸の部下で降谷とは一歳年下の降谷零
しか居ない。私の部下じゃあ無いが、同時期に潜入捜査を始めていた部下の一人が、彼と同期だ。
「はい、私の部下、諸伏の同期でしたので降谷の事は把握しています。」
「うん、だよね。君なら信頼出来る……身内を売ろうとした僕らの上司を、突き止めたのは君だし。」
諸伏と同時期に潜入捜査を始めたのはキャリアである赤井もだが、二人だけじゃあ無く、他にも潜入捜査中の人員は数人居る。その中で潜入歴の長い部下が私には四人居た。諸伏と赤井で六人、つまり一班丸々と言う多すぎる投入に反対したけれど、上に押し切られる形だった。バックからの補助係が、皆無と言う事態に私は、自分自身も現場に出る事と組織について追っている別班との合同調査を条件とした。
上層部の中でも、一握りしか知らない潜入捜査官だった故の弊害だったが、これは逆に炙り出しになったらしい。特に諸伏の投入を強く押した、我らの上司である男は始めから、売るつもりだったのだ。奴は愚かにも私の部下に接触を図った為、直ぐに手を打てた。元から怪しいと踏んで注意していたのも合って、準備はやり易かった。諸伏の代わりに組織の本物の幹部に消えて貰った。もう四年前の事だ。
「私の部下の働きです。」
「だが、指示は君の筈だ。そんな現場に出る君に、組織の事でお願いだ。降谷の補佐をして欲しい。」
「彼に補佐が必要とは思えませんが?」
「赤井くんにも言われたよ。もっと分かり易く言おう。赤井班は全員が潜入中でバックからの補助が君だけと言う異様な状態。だから、君達以外に組織を追う、僕の部下である降谷班がフォローに回ることになった。そしてコレは当事者と極一部の上層部が知るのみ。」
「ええ、現状はそうですね。つまりは、今までよりも協力を密に、と言う事ですね?」
「そう言う事。よろしくね。」
「はい。よろしくお願いします。」
2020/04/17