新一の居ない前世から

私は名字名前。前世と前前世の記憶がある。前前世の私が全ての私のベースだ。性格も考え方も、基本は同じだ。日本が好きで、読書と料理が好きだと言う極普通の人間。偶然にも名前だって同じだ。其れは名前以外は前世の工藤アラタの時も同じだったけれど、家にあった本の影響だろうが、推理力が高まっていたと言える。
せっかくだから警察官を目指して柔道をして、日頃から体力作りにジョギングと筋トレをして、勉強もしっかりした私は高卒で警察官になり、交通課の駐禁取り締まりとかしている婦警さんを経て、何故か警視庁公安部に配属された。巨大な裏の組織を日本警察の公安主導で壊滅させる為に私もその組織の下っ端として潜入したりして、徹夜続きの忙しい日々だった。私が潜入して一年ほどで組織は壊滅させることが出来た。思いの外ついて来れると判断された私は、先輩や上司に色々と教えて貰えて、更に忙しさが増した。私は公安部で協力者を得たり、ちょこちょこ潜入捜査したり、定年退職まで公安だった。結婚はしなかったが、先に定年を迎えた先輩風見さん上司降谷さんとの繋がりは有った。調査中の怪我が元で子供の望めなくなっていた私にとって、彼らや、幼馴染み達蘭と園子が、それぞれ望んだ人と結婚して家族を得ていると言う事実は救いだった。
死因は風邪からの肺炎を拗らせての死亡だったのは、違法作業ばかりだった割にはマシな死に方だったのだろう。前前世では人違いの殺人被害で失血死したのだから。

そして今世の私の幼馴染みはちょっと年上の赤井秀一、同い年の赤井秀吉しゅうきちだ。大人にとっての5歳差は大した事ないけれど、幼い私達にはそれなりの差だ。私が赤井家……秀一くんと秀吉くん、メアリーさんを認識したのは、3歳の時。秀一くんは8歳だ。隣近所で母同士、父同士がそれぞれ同郷だった繋がりで仲良くなった。ここはイギリスで、私の家は父の仕事でイギリスに居た。家ではイギリス英語と日本語が飛び交う環境で、隣の赤井家も同じだった。メモ書きや本などの文字だって、そうだった。
一緒に勉強して、遊んで、その延長で何故か空手をしたり、毎日が新鮮だった。どちらの家も、いずれは日本へと戻ると分かっていたから、日本で警察になるのだと良く言っていた。前世とは違うだろうが、どうにも例の組織が存在する上、私が警察官になる頃にも未だ残っていそうな時代だった。だからこそ、未だ幼い内から頭は良いし身体能力も高い二人に警察官になって欲しくて、ゆっくりじっくりと誘っていた。この二人が居れば、組織の壊滅は出来るだろう。彼らは降谷さん並みの人間だから。でもやりたい夢が有るなら、それを優先して欲しいが、無いなら他所の国の調査機関に入られたら勿体無い。
私が9歳の時に私の家族は日本へ戻った。結果的に私の方が2年も先に日本へ戻ったから不安だったけれど、高校生として日本の学校に通い出した秀一くんが、東都大の法学部へ進学した時に聞いた話に、14歳の私は喜んで思わず抱き付いたりキスしたりして、秀一くんに笑われた。その頃には彼等の父はアメリカで行方不明になっていた。だから、アメリカへ行く事も考えたらしい。けれど、色々考えて辞めたのだとか。
その2年前の私が12歳になる頃に、メアリーさんに赤ちゃんが生まれていて、私にも弟が出来た。偶然だけれど、私と秀吉くんは同じ歳で、私の弟である和己かずみと赤井家の末の妹である真純ちゃんが同じ歳だ。だから余計に私達は仲が良かったんだと思う。

中学を卒業して、秀吉くんとは別の高校だったけれど、交流は続いていたし日課は変わっていなかった。
けれど、ある時、秀一くんに食事に行かないかと高校1年の春に呼び出されて向かった先で、私を待っていたのは予期せぬ出会いだった。

***

「初めまして、降谷零です。宜しく。」
待ち合わせの喫茶店で、そう言って、右手を出してきたのは確かに降谷零だった。ただし、記憶より幾分か健康的で若い姿をしていた。
「初めまして、私は名字名前です。こちらこそ宜しくお願いします。降谷さん。」
握手していなければ敬礼をしていたかも知れない程に、驚いていた。敬愛する上司だった人がそこに居た。
「何だ、俺には「秀一くん」で俺より年下の降谷くんには、そう呼ぶのか?面白いな、名前は。」
ブラックコーヒーを飲みながら、秀一くんは、小さく笑った。
「え?じゃあ、今更だけど赤井さんって呼ぼうか?真澄ちゃんに「急にfamily nameだなんて……名前姉、秀兄と喧嘩でもしたのか?」ってビックリされちゃうだろうから、おすすめしないよ?」
そう言って、注文したホットティーを口に含んだ。呑気にセイロンだな、なんて思っていた。20分程度のティータイムを過ごし、移動しようと降谷さんが言い出した。
「俺のアパートで良いだろう?今はまだ良い店も知らんしな。」
「そうだな、さすがに料亭なんて未だ使えない。」
歩きでも行ける距離だった為、私達は秀一くんの住むアパートへ徒歩で向かった。

***

「確認したい事がある。」
秀一くんの暮らすアパートで、ソファにそれぞれ座ってから、降谷さんが早速本題に入ろうと口を開いた。
「君の立ち位置は分からないが、には前世の記憶が有るね?」
「ふふ、思ったよりもはっきりと仰るんですね?そうですよ。ですが、私にはその記憶が有りながら、前とは全く違う生まれ……もし降谷さん、秀一くん、いや前世ならば赤井さんと言うべきですね……貴方がたとの面識が前世で在ろうとも、お分かりにはならないでしょうね。」
分かる筈が無い。この世に工藤アラタは生まれて居ない代わりの様に、工藤新一と言う5歳の少年が居ると調べはついている。もし、彼らの前世と重なっていたのが工藤新一と言う男ならば、余計に分からないだろう。
「それは……ふむ、名前は面識が有ったんだな。しかし、俺は思い出せない……すまない。」
「記憶力には自信が有るはずなんだが、名字さんの事は僕も思い出せない。本当に面識が?」
思い出そうとしてくれただけで十分だろうと、私は思っているから、これ以上は求めない。前世での信頼も信用も同じモノは得られないと分かっているから。
「ええ。これでも、貴方がたと同じでしたから……へえ、降谷さんに疑われるのは、こう言う感じなんですね。これも一つの経験か。」
思わず言ってしまった感想に、降谷さんが目を見開き額に右の掌を当てた。
「君は、僕に信用されるに値する程度には関係を築いていたと、そう言いたいんだな。其れなのに、覚えて居ないなんてどう言う……分からないな。」
信用と言うよりも、降谷さんや風見さんが移動や退職してからの公安部の我々の領域に関しては、「宜しく」とすら言ってもらえた程度には、信頼されて居たと思っている。けれど彼らとはその日々の積み重ねが無いのだから、しょうがないだろう。
「ええと、はっきり言った方が良いんでしょうか?私が前世では誰だったのかと言う事と、私の仮説を……。」
だから、私に考えられる仮説と現状を伝えるのが唯一の誠意だろう。

***

「工藤新、そしてパラレルワールドか。まあ、俺や降谷くんのように記憶を持って、もう一度人生をやり直すと言う事も十分にファンタジー小説の様な話だが、其れもまた面白い話だな。」