種も仕掛けも御座いません。file.1

名字名前は、魔法学校の講師であったり、花屋の店主の事もあれば、時には派遣のオフィスレディだったりもした。けれど、その正体は公共の安全と秩序を守る警察庁警備局警備企画課……つまりは公安警察の潜入捜査官だ。
それぞれの時と場合で名前や姿を変えて潜入するのは当然だった。元々、妖狐の血筋で変装と言うよりも変身と言った方が良い変化が出来るのだ。打って付けだと言える。
外国で魔法学校の講師をしていた時は、同時に其の国のテロ組織と公安が判断していた、デスイーター達に混じって情報を抜き取って日本へ送っていた。当然、このデスイーターに成り済まし、情報を得る事がメインの任務だった。
これだけで約四年をイギリスで過ごした。日本に影響が出る前に全てが終わった為、予想より短く済んだと言える。この時既に二十八歳だった。本人としても婚期は逃したと思っているが日本の安全の為だったら、大した事じゃあないと本気で思っていた。
それからは、日本国内で上からの命令通りに監視対象の良く利用する花屋の二代目店主をしたり、監視対象の会社に派遣として潜り込んだりしてきた。
その都度、名前も姿も名字名前では無い存在しない誰かに変身した。
大阪千穂と言う名前だったり、茨城貴子だったりもした。けれどそれはどちらも偽りに過ぎない。次は誰に成るのだろう。そして最後には名字名前なんて、本当に居るのかも本人ですら分からなく成りそうだ。
次の潜入先のデータをとあるビルのオフィスで暗記し、帰宅した名前は自分以外の誰もいないマンションの一室で、鏡を見ながら潜入前の本音を次のキャラクターに合わせて愚痴っていた。
「キャップは結婚したら移動させてくれるって言うけどねえ?出会いも無いのに、どうやって結婚するって言うの?第一に偽名でしか新しい出会いすら無いのに、同期だったヤツらで未婚で仲良かったのは既に殉職者だけじゃん!ああ、せめて偽りじゃない恋人が欲しいなあ……結婚まで行けそうな人が良いなあ……っと、今回の愚痴おしまい!来週からは、また派遣のOLなんだから」

翌日は、この歳の女性が住むにはかなり殺風景で有ろう部屋で、ほとんど三年振りの公休を部屋の掃除で終わらせた。
それもいつもの事だ。自室のベッドに入れば、ストンと眠りに落ちる。けれど眠りは深く無い。ケータイが鳴ればパッと目が覚めて仕事モードに移行出来る。そう言う人間だからこそ、この仕事を任されている。

たった一日の休みを終えて、パンツスタイルのスーツ姿でオフィスへ向かおうと鏡の前でラストチェックをしていた名前は、忘れ物を思い出し、寝室へ戻る。今日は警察手帳を持って行いと言われていた。
警察手帳をスーツの内ポケットに入れて、立ち上がった瞬間、酷い眩暈に襲われて、しゃがみ込んでやり過ごそうとしたが、直ぐに気を失ってしまった。

***

目を覚ましたのは、自室に良く似た部屋だった。
「!?」
拘束されている。後手に手錠で捕縛されていて、タオルで猿轡までかまされていた。自決を警戒しているのだろう。
顔を動かさず、眼球を動かさず、自身の視野ギリギリで周辺の様子を伺う。名前は公安刑事の例に漏れず視野が広い。正面を見ていながら、真横までしっかり見える。そう訓練されているのだから。
その最中、違和感に気付いた。衣服はそのままに、身長と身体に付いていたはずの筋肉と脂肪が減っている。警察になってからの鍛えた分と女性としての成長分の両方が消え去っているらしい。
右の二の腕にあるはずの、皮膚の引き攣りも感じない。二十歳の時に受けた呪いの傷跡だったから消えるはずも無いのだが、消えている。つまりこの身体は十九歳以前の身体だと言う事になる。それ以上に身長が小学二年生女子の平均に近い120センチメートル程に縮んでしまっている。
非常に厄介な事になった、そう思った。どんな呪いだろう、とも。その思考は部屋に入って来る誰かの気配で中断された。

***

「あなた、馬鹿じゃないの?こんな途轍とてつも無い話を信じると言うの?」
一応は正直に説明した。自分が妖である事や所謂魔女である事、公安……サクラである事まで全てを。
全てを話しても、名前の技術を以ってすれば話した内容から秘密にしたい内容だけをこの男の脳内から忘れさせる事何て容易い。故に話したのだ。けれど、男は信じると言った。
「私はコレを照合したんだが、全て本物と同じ……唯一、名字名前と言う女が戸籍に存在していないと言う点以外は、完璧だった。異常なほど……そう、まるで私達が用意して使わせている公式な物そのもの。君の、その耳も本物の様だし、本来なら成人しているのだと言われても、今は保護されるべき子供の姿だよ」
男は自分も、サクラなのだと言った。彼に保護される事になり、任せておきなさいと言われて……数日のうちに孤児として、男の家庭に養子として迎えられる事になっていた。
いきなり決まったと言うのに、男の家族である彼の妻は、嫌な顔一つせずに受け入れた。内心は分からないが、さすがの名前も其れを探る気にはならなかった。

***

小学生として六年過ごし、新たな両親との関係にも慣れてきた頃、養母が死んだ。元々、身体が弱かった。それも有って子供は諦めたのだという。二人きりとなって、名前は養父である中條なかじょう公平のサポートをする様に過ごした。魔法も妖術も養父には知られているのだから、と存分に使用した。名前の遠慮が殆ど無くなったと気付いた養父は自分も遠慮を減らした。互いの素性を知っている二人だったから、遠慮が無くなるのも早かった。名前自身が、サクラの潜入捜査官だった事も有り、公平へのサポートは的確だったため、公平は仕事に集中する事が出来た。
そうした生活を続けた結果、公平は順調に成果を上げ続けた。名前が高校、大学と順調に学業に励みつつ、かつての勘を失わない為に、個人的に訓練を積んでいる事も公平は知っていた。
口には出さないが、名前が警察官になる為に鍛え、幅広い知識を吸収しようと努力している事は養父公平を通じて、公平の同僚には知られていた。
だから、名前が腰までのロングヘアをベリーショートにして、警察学校に入学した時は、知らない場所で知らない未来の先輩達にひっそりと祝われていたのだが、当然のように名前は知らなかった。


to be continued

2020/01/02
去年ちょろっと考えていたネタのリライト。