一人じゃない

生まれ変わる何て事が、あると思っていなかった。けれど、それが起きてしまった。しかも、子供の頃に見たアニメーション映画の世界のプリンセスの姉と言う立場になってしまっていた。
ジャスミン姫と言えば、ある程度有名だろう。その子が私の妹だったのだ。よりによって私の考え方に合わないだろう世界に生まれてしまったと思っていた所に、生まれたジャスミンと、ようやく存在を知った、この頃には既に大臣だったジャファーと鸚鵡のイアーゴ。良く見れば父である王も、確かに見覚えがあった。
生まれた時代と文化に、不安感を持っていた私はこの事実に気が遠くなって倒れるところだった。それを支えてくれたのが、あのジャファーだった。猫を被っているのだろうけれど、フラついた事に気付いてくれたのは実際に彼だけで、父である王も他の誰もがジャスミンに夢中だった。けれど仕方がないだろう。生まれたばかりのプリンセスに夢中になるのは当たり前だ。この文化の割に王は妃を一人しか持たずにいて、子は私とジャスミンの二人だ。あのアニメーションのまま進むのなら、これ以上は姫も王子も生まれないだろう。生まれてもジャスミンが15、16歳になる頃には何らかの理由で居なくなっているかも知れない。いや、自分が居るのだから分からないか。

居る世界がはっきり分かってから、王の動きや大臣の動き、その他の人々の動きを良く見る様にした。
そうしていて分かったのは、王が思いの外、執務をせずに遊んでいるのではと言う事と大臣がキッチリと仕事をしている様だと言う事。少し見ただけでは判断出来ない為、これからも見て行くつもりだった。

ジャスミンが五歳、私が八歳になった時、父に謁見に来た隣国の王子ガズワーンが暫く王都に滞在する事になった。暫く国内を見学したいと言った王子の言葉を王がすんなりと許可した為だ。王子と言っても、第一王妃から第三王妃まで居て、其々が沢山の王子や姫を産んでいる典型的な王家だ。第十王子のガズワーンが現時点のジャファーよりも年上なのは良くある事だ。



「ああ、薔薇(ワルダ)姫!近くで見ると更に美しい。私の第四の妾に来てくれるだろう?」
王が居なくなった途端に応接間で鼻息荒く迫る隣国の王子に恐怖し、それなりに大きな悲鳴をあげて後退り、偶然まだ応接間に居たジャファーへぶつかったワルダは、この時も抱きとめられた。
「聞いておりましたぞ、プリンスガズワーン、当国の第一王女に何という事を!ワルダ姫は王位継承権一位のお方……他国の王族の妾になど、出来る筈が有りません!」
「ふん、所詮は女など侍らせてこそ価値があるんだ!特にこの歳の女は良いぞ、知らんから放って置けるんだよ!お前も知ればそのワルダの肉が欲しくなるさ」
「どれだけ当国を愚弄したら気が済むのだ!二度と当国の女や子供に近づかないで貰いたいものですな!」
思いの外、キッチリはっきりと大臣として言い切ったジャファーと明らかにロリコン、いやペドフィリアなガズワーン。この対比は前世の知識が有っても、ジャファーへの評価が大きく上昇したのは確実だった。
「どうした?一体なんの騒ぎじゃ?」
侍従の知らせを受けて戻って来た王は明らかに怯える娘と、それを庇うようにマントの下に隠す大臣の方へ駆け寄った。
「お父様、第四の妾、知れば欲しくなる私の肉って何ですか?」
ロリコンなんて言葉の無い時代と、そう言う知識の無いと思われていると自覚のあるワルダは、恐怖の中に居ながらも、違和感の無い様に気を使いつつ父に伝えるべく言った。
「おお、何と!?誰じゃ?誰がお前を奴隷にしようと言ったのじゃ?」
「国王陛下、それは、j」
「お父様、ガズワーン王子が仰っていた言葉の意味が知りたいんですの。奴隷って、ガズワーン王子は私を奴隷として扱いたいと仰っていたと言う事なのですか?」
ジャファーの名を出そうとしたと気付いて、ワルダは遮り、ジャファーの影から一歩出て問いかけた。
「何と言う事だ!ガズワーン王子、そなたの父君とワシは友じゃが、そなたのやろうとしている事は看過出来ん!ジャスミンとワルダに近づくでないぞ!」
「姫を怖がらせてしまった様で……」
王がガズワーンに抗議しているうちに、ジャファーはワルダをそっと侍女に託し、応接間から連れ出させた。

寝室の隣に有る自室では、恐怖がおさまらないワルダを侍女達が慰めていた。思いの外、恐怖が消え去ってくれない事にワルダ本人が若干のパニック状態だった。
そこに話しが終わったらしいジャファーが訪ねて来た。本来は後宮であるこの部屋に大臣とは言え医者や父以外の男性が来る事態が、滅多に無い事だが、未だに震えていると言う侍女の報せを受けて王の許しを特別に得ての事だった。
「ああ、ワルダ様、お(いたわ)しや……私が付いております」
長椅子にかけて震えるワルダにジャファーは跪いて、力の入れ過ぎで固く握られた手をそうっと取った。
「ジャファー……わたし、いずれは誰かと結婚しなければならないのだと、分かっています……本で見た恋なんて出来ないとも。けれど、あんな、奴隷だなんて」
「御安心下さい。奴隷になど、私や陛下がさせませんとも」
「サセマセントモ!」
強張った肩を長い指が、そろりと撫でる。ワルダの中には常にジャファーへの某アニメーション映画でのイメージがある。それでも、あの会ったばかりで非道な事を面と向かって言う男と、良く顔を合わせ、事あるごとに気遣う素ぶりを見せる男であれば、後者の方が随分とまともに感じるだろう。その上にワルダは今、弱っていた。
「ああ、ジャファー……本当にありがとう。其れに、イアーゴだったわね?貴方も」
「イアーゴの名前まで覚えておられたとは、少々驚きました」
「そうかしら?」
「ええ、しかし……暫くは警備を増やしておきましょう。あやつはあと七日も此の国に留まる事になっております」
「そんなにですか。ジャファーの仕事を増やすのは申し訳ないけれど、警備はジャスミンにもお願いします」
異国の評判の悪い王子が七日も滞在すると聞いて長いと思うのはジャファーだけでは無かった。イアーゴにテーブルでフルーツを勧め、食べる様子を見ながら、ジャファーにゆっくりと背中を撫でられ、ようやく震えが収まってきたワルダは妹のジャスミンを心配した。
「勿論ですとも。これも当然の事です、申し訳無いなどと仰らずに、私を頼って下さいませ」
「今でも十分頼っているわ。本当よ?」
ワルダは自分の手を握っていた方のジャファーの手を両手で包んで見上げる。まっすぐな目線は嘘を付いているものではない。
「そう仰いますが、ワルダ様はいつも人を頼らぬと侍女からの訴えを聞いておりますぞ」
「ふふ、貴方に頼る内容と自分で出来る事は違いますでしょう?大人になってから、もしジャスミンが王位継承したら、私は此処ではない場所で誰かの妻となる。その時に多少は家の中の事が出来なければいけないわ。ジャファーだってお嫁さんが家の事をしっかりしてくれた方が嬉しいでしょう?」
話しの矛先が己れに向いてジャファーは面喰らった。一瞬、成長したワルダが自宅で待っている様を想像して、ハッと我に帰る。
「は、私ですか?いやいや、もしもワルダ様かジャスミン様のどちらかが此の王宮に残らぬとしても、キチンとした者の元へ嫁げる様に探します故、そう御心配召されるな」
「うう、いっその事、ジャファーがお婿さんになってくれたら良いのに」
「私が!?それはそれは光栄なことで御座いますが、陛下はどこかの王子を後継者にしたい様ですから、厳しいでしょうな」
更に爆弾を投下するワルダに、イアーゴは見られていないのを良い事に、ニヤニヤしてジャファーを見ていた。
「どこか知らないところの王子何て、国の乗っ取りです……お父様には分からないのかしら」
「乗っ取りでございますか……ふむ、考えられる事態でしょうな。きちんと考慮致しましょう。それはそうと、先程はガズワーン王子が私の名を出そうとした時に発言していただきました事、有り難く存じます」
思っていたのと違う懸念を言い出したワルダの見識に流石のジャファーも、ワルダを一目置く様になったキッカケだった。
「でもまだ口がジャファーのイニシャルを言ったかどうかと言う程度でしたわ。本当にジャファーに濡れ衣を被せる様な事を言おうとしたのかしら?」
「私は元々、あの者の滞在に反対だったのですから、邪魔に思うでしょうな」
「まあ、そうだったのね。兎に角、これから七日は気を付けないと」
「そうですぞ、宮中ですら歩き回るのを控えていただきとうございます」
「そうね。そうするわ。ありがとう、ジャファー」


2019/09/13 記
2020/07/04 移動