第二話 現実


おはよう、と既に起きている義姉に挨拶をして身支度を整えて、二人分の朝食と昼食用の弁当を二つ作る。仕事のない日は夕食と共に冷凍用の作り置き惣菜を幾つか作り、仕事がある日は帰宅後に夕食を作る。
それがアリルが毎日やる事だ。家事のてんで駄目な姉アリエに代わって、家事の殆どをアリルがしている。生活費も学費もまるっと世話になっていた身としてだけでは無く、生活力の低めなアリエを心配したアリルの気持ちが大きい。
偶に執筆モードと化した姉に、小遣いを渡されて家を仕事用の事務所への入室禁止にされる事も有った為、冷凍出来るお惣菜を切らす事は無い。流石の姉も炊飯器の使い方と、電子レンジの使い方、食器の片付けくらいは出来る。
そして、毎日料理をしているうちにコツも掴めて来たが、母の遺したレシピノートには六年経った今でも助けられている。アリエの好物もアリルの好物もちゃんと書いてあるのだから。

この日も、二人の好物が食卓に並ぶ。作ったものを美味しいと食べて貰える。時々、一緒に星空を見たり、買い出しに行ったり、ちょっと散歩に出てみたり……両親が居なくなってしまってから時々悲しくなるけれど、大分慣れてきた生活。

けれど、ここのところアリルは不思議な夢を見る。抱き締めてくる最愛の姉アリエが、いつの間にか別の誰かになる夢。それが誰なのか、毎回見ているはずなのに分からない。其れでも抱く腕はいつも通りで、泣いてしまう夢。そして、とても手の届かないところへ消えてしまう夢。とても不思議で悲しい夢。


「どうしたの?元気無いよアリル。」
仕事が休みのこの日、朝食をとりながら二人は話していた。
「あ、ううん……何でも、変な夢を見るだけ。」
「へぇ、言ってみて。言ったら楽になるかも知れないでしょう?」
「……姉さんは、ずっと私の家族、だよね?」
「何?当然でしょう?私が死んじゃう夢でも見たの?」
「違う違う。ただ、良く分からない夢。姉さんが、どこか遠くへ消えてしまう……悲しい夢なの。」
「……良し、私に良い考えがあるわ。そのどこか遠くへ、一緒に行っちゃえば良いの。名案でしょう?」
思いもよらない事を直ぐに思いつけるのはアリエの才能だろうか。アリルは一気に沈んでいた気持ちが浮上したのが傍目にも分かる程だった。
「姉さんには敵わないなぁ……そうだね、私、どんな遠い場所でも追い掛けちゃう。だから、追いつけそうに無い時は、振り返ってちょっと待ってくれる?」
「もちろん。アリルだけは、振り返って待っててあげる。」
いつもの明るいアリルに戻ったのを見て、アリエは薄く微笑んだ。




その日の午後、石刈アリルの全てが壊れ始める。

「……そこの君、アリルだろう。君も聞いていくと良い。君にも関係のある話だよ。」
出掛けた先で、ベンチに座る人気小説家の伏井出ケイに急に話し掛けられ、アリルは固まった。
「……私に……?」
「君達は、親子だ。」
「……何言ってるの?」
「べリアル様の遺伝子から造られた、模造品なんだよ。朝倉リク……そして、君を作るための部品として、石刈アリルの細胞がぴったりだった。」
「わ、たしの細胞……?」
「お前は何者なんだ。」
「私の事よりも、自分が何者かを心配したまえ。」
「……」
「私の目的は、起動した状態のウルトラカプセルの収集だ。しかし、カプセル起動に必要なリトルスターは、ウルトラマンにしか譲渡されない。そこで私は、べリアル様に提案をした。カプセル起動を促す為の存在を造ってみてはいかがか、と。べリアル様の遺伝子を預かり、私は実験室でウルトラマンに成り得る生命体を造った。その材料が石刈アリル、成功作が朝倉リク、君達は、そういう存在だ。」
材料、細胞、親子、ベリアルの模造品、何がなんだか分からない。私は、そんなの知らない。
「何言ってんだよ……ウルトラカプセルの、起動?」
「君は、ウルトラマンジードとして正義の味方にでも成ったつもりだったのだろうが、戦ってあげていたのだよ、私は。」
「僕は、自分の意思でウルトラマンになったんだ」
「私がそう成るように誘導したんだ。君に祈ってリトルスターを譲渡した者達は、つくづく愚かだとは思わないか。私は今日……君が持っているウルトラカプセルを受け取りに来た。君の仲間が余計な事をしてくれた所為で、早急に必要になったのだ。お身体の完全な復活とまでは行かなくても、べリアル様が新たな拠点へ移動されるには十分な数が揃っている。さあ、渡し……………

なんだか、色々言っていたらしいが、全く頭に入っていなかった。
いつの間にか朝倉リクと言うらしい少年に連れられて知らない建物の中に居た。
「リク、石刈アリルとの遺伝子の照合をしますか?」
「ああ、こんな歳の離れてない女の人が俺の母さんな訳ないだろうし」
「へえ、何歳?」
「二十二歳です」
「俺、十九だし、ありえないって」
あり得ないと言うリクと、そう言い切れないアリルを前に、レムによる分析はあっという間に終わった。
「石刈アリルはリクの母で間違いありません」
「そんなはず……リク君が生まれた頃のアリルさんは、まだ三歳じゃない」
「そうだな……どう言う事だ」
ライハの言葉に首を傾げる一同とは別にアリルは俯いていた顔を上げる。
「……私、心当たりがあるわ。ライハさん、見て」
女性であるライハを手招きして、ブラウスのボタンを下からいくつか外し、アリルは腹部を見せる。
「これ、手術痕?」
「左の卵巣が無いの……今の家族に拾われた時には、こうだったらしいわ。三歳くらいの事よ」
「まさか、あいつに摘出されて、利用されたって事?」
「何て事を……」
「リク君が、そんな顔する必要ないわ。私、不自由してないもの。むしろ、生まれて来てくれて、ありがとう」
責任を感じているリクにアリルは微笑んで言った。
「!?」
「私、天涯孤独だと思っていた。けど、血縁者が居たのね。リク、いきなり親子って言われても難しいだろうけど、生き別れの姉だと思ってくれたら、私は嬉しい」
「アリルさん……」
思いもよらぬ前向きな、優しさの有る言葉にライハは言葉を失う。
「俺、でも、ベリアルの……」
「それを言うなら、私も、ベリアルの……何なのかしらね」


ずっと星雲荘に居ても、家族が心配するからとアリルは、リク達の元を後にした。
ーー私は、何なのだろう?ただ遺伝子の相性でジードのリクの母に選ばれたのなら、私個人は、ベリアルにとっては既にデータも有るのだから、どうでも良いだろう。ああ、姉さん……私は、何なのかなあ?

2018.10.08 up
2019/11/25 改
2019/11/26 移動


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