第三話 現実2


いつの間にか殆ど同年代の実子が居ると言う事実に、思いの外ショックを受けていたアリルは、帰宅が遅くなってしまった。
心配するアリエにホッとして抱きついて泣けば、黙って抱き締めてくれた。
ーー私には姉さんが居るもの……大丈夫。

鋭い爪の有る手が頬を撫でる。赤く光る双眸が笑っていた。黒い色に赤い差し色。唇に何かが当たって何かが唇に割り込んで歯列を撫でた。持ち上げられた身体が下され、痛みが熱い何かが下腹部から貫いた。いつの間にか上げていた筈の拒絶と悲鳴は嬌声に変わり、相手を求めて硬く身体を抱き締め合っていた。

「っ!……はぁ、夢?」
明らかに淫夢だった。なんて夢を見たのかと赤面したり青くなったりしつつ、酷く重い身体を動かして、シャワールームへ向かう。
おかしい、何故、こんなにも疲労しているのだろう。昨日、ショッキングな事実を知ったからなのだろうか。シャワールームで鏡に写る自身の身体に異変は感じられない。
「やっぱり夢よ……あんな話を聞いたから、きっとそう」
じゃ無ければ、ベリアルにあんな事される夢何て見るはず何て無い。其れにアリエが居るのだから、侵入者が有れば気付いてくれるはずだと思い直した。けれど、それからほぼ一週間、同じ様な夢を見続けた。アリエには魘されている、と心配されてしまうし身体は怠く重たい。憂鬱だった。

ベリアルがジードやゼロと戦っている間だけは、夢も見なかった。倒されたと知ってホッとしたのも束の間の事。
倒された筈のベリアルがアリルの前に現れた。
「どうして……?」
「ああ、アリル……今までも、ずーっと側に居たんだ。そう冷たくするな」
夢の中のベリアルの様に、爪の有る指が頬を撫でる。
「姉さん、は、どこ?」
ここのところ姿の見えない姉に、この男が危害を加えたのでは無いかと懸念していた。
「いつも私をそう呼んで懐いてたなあ」
つまり、姉アリエはベリアルだったと言いたいらしい。
「そんな、いつからなの?」
「ずーっと、そう言ったろう」
「じゃあ、姉さん、は……ああ、そんな!」
信じられない、信じたくない、けれどベリアルの言葉が其れを許してくれない。
姉など初めから居なかったのだと言う事実に気づいて、絶望に染まる目をベリアルは笑って見ていた。
「ずっと側に居てやったのは私だったと言うだけだ」
「何で、一緒に居たの」
「おいおい、私とアリルには子が居る。つまりは夫婦と一緒だろう。一番怪しまれない方法で一番側に居てやったんだ」
何でどうして、嘘だ、そんな言葉が頭を巡る割に寂しがりな心は素直に喜んで受け入れたら良いと訴えている。
「……う、ああ……私、どうしたら……」
泣いて立ち尽くすアリルをベリアルは正面から抱擁し、身を屈めて耳元で囁いた。
「私が愛してやろう」


あの夢と同じ様にベリアルは激しくアリルを抱いた。思いやりなんて無さそうな、けれど貫かれる痛みは夢の中と違って全く感じない。既に身体はベリアルに落ちている。なけなしの理性で考えていた頭で、もしかしたら、あの夢を見た時点で手遅れだったのではと思い至る。それからは、もう駄目だった。与えられる快感を享受し、ただ肉慾に溺れる様に、愛し合う様に、ひたすらに求め合った。
何度目か分からない程に、注ぎ込まれた精が溢れて光の粒子となり漂って消える。それが酷く美しく思えて手を伸ばした。

「起きろ、おい、アリル」
外はまだ暗い。疲れなど無いらしいベリアルに揺すり起こされ、シャワールームに放り込まれたアリルは、下腹部から光の粒子が流れるように溢れ、シャワールームを漂って消えるのを見た。夢では無い証だった。
「妊娠ってするのかな……しなきゃ、リク……ジードは生まれて居ないか」
一人つぶやいて、自身を抱いた肌を思い出した。人間と違って硬めだが弾力のある滑らかな触感と人間には有り得ない色の肌。人間じゃない……そこまで考えた辺りで背筋に腰に、昨日感じた快感に近い痺れが走った。
「うそ、私……いけない事だよ、なに次を想像してるのよ」
次が有るとしたら、なんて……。

「しばらくアリエの姿になる……それらしく振る舞え、良いな」
そう言って姿を変えたベリアルは、さっさと出掛けてしまった。カレンダーを見れば今日は仕事だ。行きたくないな、と思うがいつも通りの方が良いんだろうと思い、出勤した。

帰宅すると、当たり前の様に姉の座っていた定位置にベリアルが居た。何故か当たり前の様に「ただいま」「お帰り」のやり取りをして、当たり前の様に共に食事をとった。夜は、そうするのが自然なのだと思える程に当たり前の様に、ベッドの上に組み敷かれた。不思議と拒否する気に成らなくて、全てを受け入れていた。彼に開発された奥地は、激しい刺激など無くとも押し付けられ、圧迫されるだけで達して仕舞う。そんなものを与えてくれる存在に、アリルは必死に縋って求めた。
男として求められて悪い気はしない。腕の中で縋り付く女は、これまで家族を姉を演じてやっていた相手だ。その時の懐かれ方とは違う、己れ自身を求める女の姿に、知らずして遅い愛が確かに生まれていた。


2019/11/26 up


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