03-帰りたい家
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灯りを点けると、テーブルにメモが湯のみを重しに置いてあった。
お仕事おつかれさまでした。
ごはんは、冷ぞう庫です。
本当は、あたたかいごはんが良いけど、
くさったら食べられないので、冷ぞう庫です。
ごめんなさい。
食べたら、茶わんを流しの水がためてある
オケに入れてくれたら嬉しいです。
お先に休んでます。おやすみなさい。
冷蔵庫には、完全な和定食が入っていた。白飯は真島の良いくらいの分量が複数に分けて、おにぎりにしてあった。
「良え子やなぁ……せめてあと十ばかし上やったらええのに。あかんあかん、何言っとんのやろ」
そして冷蔵庫に入れっぱなしの白飯は、ポソポソになると初めて知った。ポソポソでも熱湯をかけて食べればイケると言うのも初めて知った。
風呂の湯を張る為に脱衣所を通り掛かった時、洗濯機の上にタオルとトランクスが畳んで置いてある事に気付いて、また「良え子や……」としみじみ呟いたりもした。
風呂から上がって、起こさなように帰宅後は近付かないようにしていた煎餅布団が敷いてある場所へ近付くと、半分空けた向こう側に隣に潜り込んで、すやすや眠る名前の寝顔を眺めているうちに眠っていた。
朝、目がさめると飯の炊ける匂いと、味噌汁の匂い、香ばしい匂い、トントンとリズム良く響く包丁の音がした。
(こんなのも、悪くあらへんなぁ……)
台所に顔を向けると、踏み台に乗った小さな後ろ姿が見えた。首筋で切り揃えた黒い髪の毛、落ち着いた薄いブルーのTシャツに膝より少し長めのズボン。
よく聞けば、何か歌っているらしい。
「キミに似合うダイヤのリング渡そう〜…ダイヤモンドかあ……私、好きな人から貰うんだったらダイヤじゃなくても良いなぁ。ただの針金でも宝物にしちゃうなぁ」
「針金でも良えんか!?」
「うわ!びっくりした。好きな人からだったら、何でも宝物なんだよ。おはよう、吾朗さん」
「おはようさん。ダイヤモンドでも嬉しいちゅう事やな」
思わず声を掛けてしまったが、気にしてない名前に、そのまま話しかける事にして起き上がった。
「ん〜…何でも嬉しいんです。作ったごはんを、美味しいって言ってくれたら嬉しいし、一緒に居て楽しいって思って貰えたら嬉しい。ちょっとした事でありがとうって言って貰えたら嬉しいしょう?それが知らない人でも嬉しいけど、好きな人、大切な人に言って貰えたら、幸せだなんだよ」
「安上がりな奴やなぁ」
特に、こんな街にばかり居ては、こんな事を営業ではなく本気で言う人間には会えないように思える。貢がなくても言葉だけで喜ぶのなら、安上がりも良いとこだ。
「そんな事ないよ。だって、その人の時間は有限なんだから、その時間を割いて貰ってるようなものでしょう。贅沢だよ〜。だから私は、今、贅沢してます」
急に哲学的になったな、と思っていればそんな事を言われて、名前を凝視してしまう。
「……は?何や、オレの時間かいな?」
「そうです!私、吾朗さんの事大好きですから。えへへ、言っちゃった!あ、朝ごはん出来てますよ!直ぐに食べますか?」
「せやな、もらうわ」
照れを誤魔化してるつもりだろうが、誤魔化し切れていない。名前の頬は真っ赤だ。
(そうか、好きか……どっちの意味やって聞いたら、何て言うんやろ。名前は可愛くて良え子やけど、このまま成長したら、素直すぎてこの街じゃあ、生きていけんやろな。その前に何処かに預けられるようにせな)
「……ん、んまいな」
「良かった。あ、晩ごはんが要らないって時は朝、分かってたら教えて下さい」
「分かった。飯、お代わり」
「はい!……どうぞ」
「おーきに」
いつもニコニコしてるのは、こう言う触れ合いが嬉しいから何だなと理解してから、泣いたのは過去の事を話した時と、初めておにぎりを食べさせた時だけだったと思い出した。
しばらく他愛の無いやり取りをして、身仕度を整えていると、洗濯ものを干しにベランダへ行っていた名前が戻ってくる。
「ほな、行ってくるわ」
「行ってらっしゃい、吾朗さん。お仕事頑張ってね」
「おう、名前もな」
「はぁい」
笑顔で手を振って見送ってくれる存在は、たった二日で確かに大切な人になっていた。
(戻れる日が来たら、連れて行けんやろうか)
2019/02/03
2019/11/21 移動
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