02-新たな日常


朝、鳥の鳴き声と米の炊ける匂いで真島は目を覚ました。
布団の中には自分しかいない。ぼんやりしていると、ガスコンロを止める音がした。
そう言えば、昨日の夜に子供を泊めなかったかと思い出し、ガバッと起き上がる。

「おはよう、吾朗さん」

「お、おう……おはようさん」

「ねえ、お米だけ未開封のが有ったから、ゴハンだけ炊いたけど……調味料も何にも無くてオカズが作れなかったの。ごめんなさい」

このボロアパートは風呂とトイレと寝る、ほぼそれだけの部屋だ。米は何かでもらった物をほったらかしにしていたから存在するだけだ。いつもは朝早くには起きない。昼前になってから起きて、最低限の身仕度を整えるだけの場所がココだった。

「オレ、料理せえへんからなぁ。まあオカズは買うてくるわ」

出かけられる格好にして、戸口に立つと「行ってらっしゃい、吾朗さん。気を付けてね」と子供の声に見送られた。

「……おう、行ってくるわ」

オカズを二種類買って戻ると、敷きっぱなしだった煎餅布団は押し入れに片付けられていて、どこからか見つけてきたらしいボロ布で黄色い畳を拭いていた。

「……戻ったで」

「おかえりなさい。わあ、美味しそう。吾朗さんは座ってて下さい」

小さなテーブルについて、テーブルを見たことの無い布切れを台拭きにして拭いたりする名前を見ていると、全て自分でする必要のある子供だったのだと、真島には伝わってくるような気がした。
一個しかない湯のみに白湯が半分くらいまで注がれて、惣菜のパックの蓋に盛られた白いゴハン、2人の間に置かれた二種類の惣菜、店で貰った割り箸が2人の前に並んだ。

「では、いただきます」
正座で手を合わせて言った名前が、じっと真島見ていた。同じようにするのを待っているらしいと悟り、思わず笑みが浮かんだ。
「ほな、いただきます」
正座はしなかったが、手を合わせて言えば今度は真島が箸を付けるのを待っているらしい。いじらしさに、胸を打たれるという今までにない経験をしてしまい、真島は名前の頭を軽く撫でた。
「吾朗さん?」
よくわからないという表情の名前に、何でも無いと首をふり、箸を動かした。

食事をとりながら、真島は名前に色々と昨晩よりも多くの事を尋ねた。

「ほなら、親の事は顔も知らん。実の婆さんになんか知らんけど、危ないからちゅうて金と服、渡されて逃がされた。行くあては無い……酷い話や」
ちょっと、予想より深い事情持ちの子だった名前は、美味しい美味しいと真島の買った惣菜を少しずつ食べている。
「でも、私は運が良いんです。野たれ死ぬ前に吾朗さんに会えたから」
こんな風に言われてしまえば、その辺の草よりは、そりゃ旨いやろ。と思いはしても言えなかった。
「でも、いつまでも居ったら迷惑でしょう?どこか雇ってくれる所……無いですよね」
「いやいや、しばらく居れば良えわ。放っぽり出して拐かされたら寝覚めが悪いやんけ」
この街で放り出したら、この歳だろうが十代後半だろうが、行き着く先は男の慰み者だろう。真島には理解出来ないが、名前くらいの年頃の子供が良いと言う変態も、世の中には居るのは聞いた事があった。
「良いの?」
「ただし、オレは夜に働いとるんや。昨日見たいな時期はまだ早い方や。ちゃんと九時くらいには寝とるんやで。良えな」
「はい。吾朗さん、ありがとう」

こうして、名前は真島吾朗としばらく暮らす事が決まり、再び真島は大急ぎで買い物へ出かけて帰り、今度は大急ぎで仕事へ行った。

部屋に残された名前は、冷蔵庫を拭き上げて、真島が買って来た調味料や食材を冷蔵庫へ入れ、洗濯をして、昼食は朝が遅かったため食べずに、夕食を作り、洗濯ものをハンガーにかけたり畳んだりして、夕食をとり、少なめの湯で風呂に入り、風呂掃除をして、真島が風呂に入る時の為に湯を張る以外を済ませ、布団を敷いて床についた。
思い浮かぶのは、おばあちゃんの事と、真島の事だった。


2019/02/03 up
2019/11/21 移動

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