07-真島と桐生
▼▲▼
ただ1つだけ変わったのは、以前より真島が気になると言う事。
あの日の真島のした、真面目な表情と低い声を思い出してしまうのだ。
(その気になって、良いって……真島さん言ってた。好きになって良いって事?あの時のムードがどうのって言ったのを気にして……?でも、あの部屋も2人きりとは言っても機械だらけやん。プレハブよりマシやろか?)
いつもより仕事の進みが遅めだが、誰にも気付かれることなく、パソコンのキーボードで打ち込んでいると、にわかに外が騒がしくなった。
(何やろ?また喧嘩売られたんかな?)
「斑目さん!」
プレハブの扉を開け、肩で息をしながら言う矢野の額からは血が出ている。
「矢野くん?怪我しとるやないけ!」
立ち上がり駆け寄れば、矢野は自分の怪我など知らんとばかりに名前を逃がそうとする。
「また、いつもの奴らや!早よ逃げてや!」
だが、矢野のすぐ後ろに喧嘩売ってきた連中の1人が走ってくるのを見た名前は、矢野をプレハブに引きずり込んで、身体の位置を入れ替えつつ、男の殴り掛かる拳を左手で掴んだ。
「ウチの大事な社員に何してくれとんのや!ええ!」
そこまで言い切ると左手を離し、右手で顎を目がけて殴り掛かった。
顎を殴られヨタヨタと後ずさる男の胸元に右足で蹴りを入れると、男は昏倒した。
「何や、ウチに喧嘩売った割に大したことないやん」
拍子抜け、という風な名前以外は元極道な9人のうち、1番地味目な西田が1番動きが良い。そんな彼らの様子に手加減してんのかと勘違いした名前は発破をかける。
「こいつら私に伸される程度や!さっさと終わらせたれや!」
「ええ!斑目さん!こっちに居たんですか?あれ?」
「西田さん!余所見しなや」
西田に迫るキックを足で払い、頭を掴んで膝蹴りを数発入れて手を離せば鼻血まみれの男が「逃げろ」と叫んで撤退して行った。
「あら?」
「あら?やないわ、名前チャン。喧嘩売られたいう話を太田原に聞いて来て見たら、名前チャンが暴れとるとは思わんわ」
「真島さん。私、此れからや思うたんやけど、連中帰ってもうた」
「そうなんか……ヒヒヒ、ワシの思った以上の女やな。さぁて仕事に戻るで」
名前の感覚が完全に真島側にズレていると分かった真島は、どう口説き落とすか考えていた。
数か月が過ぎた11月の終わり、書類整理が忙しくなりつつある名前は1人、巨大水槽の部屋の隅で作業する事が増えていた。
「桐生だ。誰かいるのか?」
(桐生?ってあの桐生一馬?)
しばらく前から真島が隣で名前の作業を眺めているのは、邪魔しないから良かったが、客が来たら対応しなきゃならない。
面倒だと思いつつも書類を床に置いていると、真島がニヤっと笑うのが見えた。
「いるのは分かってるんだ……出てきてくれ」
「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ……ヒャーハハハハハ!」
(真島さん、御機嫌やなぁ)
ぼんやり眺めていると、腕を引っ張られる。一緒に来いという事らしい。
「待ってたで……桐生チャ〜ン!」
つかつかと通路の真ん中まで歩いて真島は出入り口の方に居る男女の方を向いた。
「桐生チャンが堅気になってしもうて、この1年、メッチャ淋しかったわ〜」
(いや、今は真島さんも一応は堅気やん)
「せやけど桐生チャンなら絶対に、この街に戻って来ると思っとったでぇ」
「何?この人?」
桐生一馬の連れが変な人を見る目で真島を見ている様な気がして、名前は笑いを堪えた。
「元東城会嶋野組の若頭……俺の兄貴分だった人だ。一年前の事件にも絡んでる」
1年前?と名前が小声で言って首を傾げれば、真島が「後で説明したる」と囁き、名前は頷いて口を噤んだ。
「久しぶりだな、真島の兄さん」
「何や桐生チャン、もう女つくったんかい。このスケコマシが」
「誤解するな」
スケコマシのつもりは無いらしい。
「照れることないやんけ……なあ姉チャン?」
「府警第四課主任、狭山薫です。……よろしく」
「府警?四課?……姉ちゃんデカなんか?」
「しかもよりによってマル暴……」
マル暴を元極道が自分の女にしたんか、と名前はしばらく思い込む事になる。
「……桐生チャン。どないなってんねん?」
「それより、真島の兄さんこそ、特定の女なんて珍しいじゃないか」
「まあ、久しぶりなんは確かやな。いずれはワシの女になって貰う予定の斑目名前ちゃんや。ほれ、自己紹介しいや」
誤魔化されてるやん、と名前は思ったが、真島の言った言葉に一瞬固まった。
「…………真島建設総務、斑目名前です。よろしゅう」
「なんや、照れたんか?」
「もう、心臓に悪いですわ。最近ずっとそんなんばっかりや……それより、桐生さんは用が有って来はったんや、聞いたらな悪いやろ」
その後、ちょっと桐生に真島がバカにされたと名前は感じたが、当の真島が気にしていない風だったためスルーを決めた。
桐生が真島に会いに来た本題は、真島に東城会へ帰ってほしいという事だった。名前はその代わりに桐生も東城会へ戻るのかと思ったが違うらしい。
結局、闘って桐生が勝てば協力すると言う話になったが、ここでのやり取りを見て名前は、真島にとって桐生は可愛い弟分なんだろうと納得する事にした。そうでなければ、割に合わない。
見たいと思ったが、名前はお留守番らしい。
「……斑目さん、でしたね。どうして彼と居るんですか?」
客である狹山を見送ろうとする名前に狭山薫が尋ねた。
「まあ、気に入ってしもうたんですわ。極道としても男としても、ほんに良え男やわ……」
「そ、そう、ですか。例えば?」
「え?いや……真島さん、なんだかんだで女子供には優しいんや。余程やない限り、引っ叩いたりもせえへん。あと、私が冗談で口説かれとるんや思うて、口説くんやったら雰囲気考えて欲しい言うたら、ちゃんと2人きりの時に小っ恥ずかしい事を言う様になったりな。まあ、何より良えのはワシより強いところや。いっそ喧嘩して見たい……そんでボロ負けしてみたい。そう思うくらいには、トキめいとるなあ」
「……ちょっと理解が……」
自分より強い所が、以降は首を傾げられて、理解出来ないと言われても、名前にとっての真島吾朗はそう言う存在だった。
「せやろな。所謂一般の感覚とズレとる所が有るっちゅう自覚はある。理解せんで良えわ」
この時の話を知らない真島に名前が、後日、妙な口説かれ方をするのを未だ誰も知らない。
2019/02/03 up
2019/11/21 移動
▲▼▲
- 7 -