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時計を見ると部活開始時刻から一時間は過ぎていた。牛島君は今頃アップを終えて外部チームと激しい抗争を繰り広げているのだろう。それを垣間見る理由ができたことに心躍らせつつ、私はいつもの体育館をそっと覗いた。

ちょうど今は休憩中のようで、皆体育館の壁際に集まり飲み物を飲んだり汗を拭いたりしている。牛島君のバレーをしている姿が見られなくて残念なような、すぐに話しかけられてラッキーのような。

話しかけに行くタイミングがわからずにそのまま隠れて覗いていると、何の因果か牛島君と目が合った。

「何の用だ」

途端に私の心臓は大きく跳ねる。牛島君はこちらに歩み寄ることをしてくれないので、自然と離れた場所で大声で会話をすることになり、周りの注目も私達に集まる。
私は覚悟を決めて一歩踏み出した。

「あの、私サーブテスト受かりました。牛島君が教えてくれたおかげです。ありがとうございました!」

そう言って頭を下げ、先程最寄りのコンビニで買ってきたばかりのビニール袋を差し出す。中にはおにぎりが入っている。散々迷った結果、牛島君がお菓子を食べる姿も想像つかないし練習後はお腹が空くだろうと炭水化物にしたのだ。

体育会系のみんなに負けじと張り上げた私の大声は体育館中に響き渡り、全員の視線が突き刺さるのを感じた。後は牛島君がどうするかだ。

少しの間の後、どっしりとした足音がこちらへ近付いた。

「礼を言う」
「……うん! ありがとう!」

後から考えれば何で礼に礼を返しているのだとかテストに受かったことには何も触れてくれなかったとか思うところはあるのだが、この時の私はこれで精一杯だった。ただ牛島君が私に返事をしてくれた。そのことが嬉しかった。



あれ以来私と牛島君の仲は少し縮まったように思う。少なくとも名前も知らない同級生から、この間バレーを教えてあげた女子生徒くらいにはなっているはずだ。コイツのせいで体育館が使えなかった下手くそ女とかかもしれないけれど。

そんなことを考えながら上履きに履き替えていれば、少し前に牛島君の姿を見つける。あの高身長と独特の風格はどこにいても目立つ。私は迷った結果、小走りになって彼の隣に行った。なるようになれだ。

「……おはよう!」

私がそう言うと、牛島君は私を一瞥した後口を開いた。

「……おはよう」

それはもう飛び跳ねるくらいに嬉しくて、その後何て会話を続けるかも考えていなかった私はそのまま小走りで牛島君の横を走り抜けた。

あの牛島君から、挨拶を返してもらった。人に話したらそんなことでと笑われてしまいそうなことだが、相手が相手だけにこの喜びは大きい。
私はこの日浮かれながら一日を過ごした。
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