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「じゃあ、開始」

コートの外に立ち、体育教師はやや緊張した面持ちで言った。教師も決して意地悪がしたいわけではない。この再テストで合格できるよう応援してくれていることは、彼女の瞳から伝わってきた。

私は所定のラインに立ち、軽くボールを放つ。そして膝を使い、手をきちんと固めて下からボールを打つ。全て牛島君に言われた通りに。ボールはしっかりと弧を描き、コートの中に入った。

「一本目、合格」

もう一度呼吸を整えてボールを打つ。今度はやや危うかったものの、無事ネットを乗り越えて相手コートに入った。決して気を緩めているわけではない。それでも、緊張する。三本目は失敗してしまった。だが私の成功率を考えればそれが普通のことだ。
これが留年や再々テストのかかったテストで、隣で体育教師に見られていることなど何でもない。毎日牛島君に腕組みをして見られていたことに比べたら。
私はもう一度大きく息を吸った。


「おっ! どうだった!」

昼休みも終わる頃、私が教室に入ると友人達が駆けつけた。その顔には少しの不安も窺える。私は一度俯いた後、満面の笑みを見せた。

「六本入った。合格だよ!」

途端に私の周りに歓声が湧き上がる。他のクラスメイトもいるのだからと窘めようとしたけれど、まあ今回ばかりはいいだろう。私のサーブテストの結果が悲惨なことはクラス中が知っている。つくづくいい友人を持ったと思いながら、私は友人の好きに頭を撫でられたり抱きつかれたりしていた。

「名前、本当に頑張ったね」
「……うん!」

この日はきっと、高校時代の中でも幸せな思い出として刻まれるのだろう。


そんなことをしたらお昼を食べ損ねてしまった私は、放課後教室に残ってお弁当を食べていた。向かいには親友が一人付き合ってくれている。何でも今日はお祝いにファーストフード店に連れて行ってくれようとしていたらしい。どっちにしろ寄り道して帰るつもりだったんだからいいよ、との彼女の言葉に甘えて私はのんびり箸を進めていた。

「それにしても上達したよね、あの名前が」
「えへへ」

親友は私の机に頬杖をつきながら私の顔を見た。彼女には時々何もかも見透かされているようで怖くなる。その予感が的中したように、彼女はニッと笑って声を潜めた。

「名前、牛島君に教えてもらってたんでしょ」
「何で知ってるの!?」

そんなことは一度も言っていなかったはずだ。私は驚きのあまりウインナーを落とすところだった。そんな私を笑いながら彼女はアッサリとネタバレをしてくれた。

「たまたま見えたんだよね、校舎の窓から」
「ああ……」

牛島君達の練習している体育館が見える窓があるのは私がよく知っている。彼女も偶然そこを通り、牛島君が私に手取り足取り教えている様子――ではなく牛島君が私の横で仁王立ちしている様子を見たのだろう。最後の一日以外は本当にただ見られているだけだったのだけれど、はたから見たら教えているように見えたのかもしれない。どちらにしろ私が牛島君にバレーを教えてもらったのは事実だ。

「うん、本当感謝してる」

牛島君のおかげで再テストに合格することができた。私は間違いなくそう思う。ウインナーを飲み込んだ私に、親友はとんでもないことを口にした。

「じゃあ報告しに行かないの?」
「報告!?」

それは、私は再テストに合格しましたよということだろうか。そんなこと考えつきもしなかった。というか、恥ずかしい。

「だってせっかく教えてあげたんだからどうなったか興味あるでしょ」
「ないって……」

親友は知らないが、牛島若利は普通の男の子ではないのだ。女の子からの告白を「誰だ?」で返す程度には。

「でも再々テストになってたらまた体育館使うわけでしょ? 教えてもらったお礼も含めて、言いに行くべきだと思うけどな」
「う……」

親友の言葉に牛島君の言っていたことを思い出す。これでまたテストに落ちて練習期間が延びでもしたらたまらん。彼は確かそう言っていた。

「それ食べ終わったら行くこと!」

親友はそう言って立ち上がった。私のお弁当はあと卵焼き一つを残すのみだ。もう帰ってしまうのだろう、去り際に手を振る親友に私も手を振り返して覚悟を決めた。
私は、牛島君に報告に行く。
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