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牛島君の前で必死に抑えていた興奮は後になってやってきた。寮の前で別れて以降、私は一目散に家へ走った。デートのわりに牛島君は私を送ってくれなかったけどまだ全然明るいからいいのだ。この姿を牛島君に見られたらなんて考える余裕はない。ただひたすらに走り、「ただいま!」と叫んで扉を開け、自室のベッドにダイブした。
私は今日、牛島君とのデートを終えてここにいる。しかもあの牛島君に楽しかったと言わせることもできたのだ。

やったよ、神様、天童君。私は天高く拳を掲げた。牛島君にデートだと言われてすっかり頭から消え去っていたが、これは牛島君のガス抜きも兼ねているのだ。牛島君が楽しいと言ってくれたなら、私達の試みは成功したことになる。これで天童君にもしっかり顔向けできるというものだ。

勿論楽しかったのは牛島君だけではない。牛島君の楽しさが三十だとしたら、私は三百は楽しかった。今日の出来事は一生の思い出として私の中に残ることだろう。とりあえず私は早く制服から着替えろという母に返事をして、ベッドから起き上がった。


「ねえねえ、どうだった? 若利君とのデート」

翌朝登校すると真っ先に天童君に捕まった。どうやらまだ牛島君からは聞いていないようなので、今日の朝練もなかったのだろう。体育館の点検は意外と長い。
私は満面の笑みで天童君に答えた。

「すっごく楽しかった。一緒に雑貨屋巡りしたし、クレープ食べたし。牛島君も楽しいって言ってくれたよ」
「マジで!?」

一応嘘は言っていない。雑貨屋は無理やり私が引き止めていただけだし、クレープ屋では一人食べる私をただ見つめる牛島君というシュールな絵面だったわけだが、言い方を変えればこんなものだろう。最後に至ってはまるまる事実である。私は得意げに胸を張った。こうして反応をされると鮮明に喜びやときめきが蘇ってくる。今の私の表情は相当酷いことになっているだろう。

「いやー嬉しいよ。若利君が女の子とデートなんて。うんうん、俺名前ちゃんのこと応援してるからさ!」

そう言って両肩を掴まれる。少し考えた後、それは私が牛島君に片思いをしていることを指しているのだとわかった。

「……ありがとう」
「うん! そんじゃ!」

嵐のように去って行った天童君を見送り、私はしばしその場に立ち尽くす。
今までの私は牛島君が好きだった。勿論今も好きだ。告白をして、付き合いたいと思っていた。でもあの振り方をされてからは、とにかくお近づきになりたいとそればかり考えていた。牛島君の友達になって、仲良くなりたい。

でも恋愛感情があるのは確かだ。友達になりたいと思ったのだって、半分はそこから彼女になれるのではないかという打算にまみれている。デートだと言われて飛び跳ねるほど嬉しかった、その気持ちは嘘ではない。

なら今の私は、どうしたいのだろう。
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