▼ 18 ▼

例えあの場に数人しかいなくとも噂はあっという間に広がる。「苗字名前は牛島若利が好きらしい」という噂は学年の殆どが知るものとなっていた。特に男子バレー部ではその噂を知らない者はおらず、初めの方などは顔も知らない後輩部員に理不尽に睨まれるなどしたものである。

だが、困ったことといえばそのくらいで、私は自分の気持ちが牛島君どころか学年中に知れ渡っている現状に特に不満はなかった。強いて言えば自分が恥ずかしいというくらいで、中学生のようにからかわれるだとか、牛島君のことを狙う超絶美女のライバルに目をつけられるなんてことはない。ある意味近寄りがたいと言われている牛島君に感謝である。知らない内に他の女子を牽制できているようでありがたいが、牛島君はどう思っているのだろう。私はいつものように部室の窓から体育館を眺めた。すると力強くバレーボールを打つ牛島君の姿が見える。その顔に、私が告白した瞬間の牛島君の顔が重なる。

「知っている」そう真剣に答えてくれた牛島君は、少なくとも私のことを迷惑には思っていないのではないだろうか。自分でいいように解釈しては勝手に頬が緩む。私は思わずしゃがんで窓枠から身を隠した。
この間、「そういえばいつも俺達のこと見ててくれてありがとね」と天童君にピースサインをされながら言われたばかりなのだ。

「……えっ? どういうこと?」
「天童、それ言うのか……」

混乱する私に後ろの瀬見君は微妙な顔をしていた。いつか私のことを睨んできた茶髪の男の子はさらに微妙な顔をしていた。バレー部と仲良くなって、というか絡まれるようになって知ったことだが、彼は白布君と言うらしい。牛島君のことをバレーでかなり尊敬しているとか。なるほど私は邪魔になるわけだ。と一人納得している私を差し置いて天童君は爆弾発言を落とす。

「名前ちゃん、部室の窓からいつも俺達のこと見てくれたっしょ?」
「ヒィッ!?」

思わず竦み上がった私を面白がるように天童君は笑った。サドだ。天童君は恐らく天然サドなのだ。隣で瀬見君が「あれは天童の察しが良すぎて気付いただけで、俺ら誰も気付いてなかったから」とフォローを入れてくれる。白布君は邪魔だという目を私に向けてくる。牛島君は終始自分は無関係だという顔を貫いている。

「あの……本当にごめんなさい……」
「いいのいいの! だって俺ら名前ちゃんの恋応援してるし!」

私が恋する相手である牛島君、それを快く思っていない白布君の前で天童君は楽しそうに言った。残るはこの場一番の常識人である瀬見君と、張本人の私だけだ。

「ありがとう……」

私はなんとかそう言うので精一杯だった。それから部室の窓から体育館を見るのはやめた。やめたはずだが、どうしても見たくなってたまに見てしまう。もうこれは私の習慣の一つでもあるのだ。

みんなが休憩している中でも時間を惜しむようにボールを打つ牛島君は、本当に格好いい。気付けば私はまた立ち上がって窓枠から顔を出していた。白布君に見つかったら睨まれてしまうかもしれないけれど、どうかそれまでは私に牛島君を見させてください。
prev | list | next