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「送って行く」

その言葉に私はまたもや固まった。確かに今は遅い。辺りは真っ暗で、牛島君と私は男と女だ。だけどそんな恋愛漫画のような台詞が牛島君から私に向けられるとは思わなくて、たった今立てた誓いも忘れそうになるほど私は牛島君に心を揺さぶられていた。

牛島君の貴重な自由時間を奪ってしまうのは心が痛むが、ここで固辞するのも違う気がする。何より私は牛島君に送ってもらいたい。

「あ、ありがとう」

私が必死の思いで絞り出すと、牛島君はなんてことないように言った。

「天童に帰りは送って行けと言われた」
「そ、そうなんだ……」

つまりこの行動は牛島君の意思ではないわけである。確かに牛島君が真っ暗闇に女子一人を放り出すとも思えないけれど、私に積極的に何かをするのも意外だった。天童君に言われたのならば納得だ。心の中で天童君に手を合わせる。と同時に、どこか泣きたい気持ちにもなってくる。

牛島君は、そこは正直になってはいけない場面なのではないだろうか。そこで言ってしまうのが牛島君らしいと思うし、実際私はそんな牛島君が好きなのだが、心は複雑だ。女の子扱いされているのかいないのかわからない。なんて牛島君に言ってみたら、「お前は女子だろう」と生物学的な答えが返ってくるのだろう。それでも好きだと思うのは、惚れた弱みというところだろうか。

そんなことを考えている間にも私達は家に着々と近づいて行く。幸い私の家は学校の近所と言える範囲内だ。牛島君にあまり迷惑をかけないという意味ではいいのだが、もう少し一緒にいたかったりもする。私は横目でそっと牛島君を見た。暗闇でよく見えないが、いつものように毅然として真っ直ぐに前を見て歩いているのだろう。間違っても私のように落ち着きなく体のどこかを弄ったり、忙しなくあちこちを向いたりなどしていない。

気付けば会話という会話もなく家のそばまで来てしまった。話したことといえば、せいぜい最初の私の懺悔と牛島君の天童君に言われて私を送っている告白くらいだ。それ以降はずっと沈黙が続いたが、不思議とそれを居心地が悪いとは思わなかった。いや、思う余裕すらなかったの方が正しいのかもしれない。何しろ私は牛島君に対して後ろめたさがあるし、牛島君が好きだ。それを体育祭の一日だけは忘れて、全力を出す。
家の前に着くと、私は牛島君を振り返った。

「送ってくれてありがとう。私、体育祭頑張るね」
「ああ。体育祭の日は部活がオフだ」
「……それがどうかしたの?」

突然部活の予定を伝えてきた牛島君に私の頭には疑問符が浮かぶ。すると牛島君は小さく笑って言った。

「もし体育祭が上手く行ったら、その日もお前のことを送って行く」

私は全身が固まるのを感じた。今牛島君は、自分が何と言ったかわかっているのだろうか。しかも相手はこの牛島君に好意を寄せる女だ。そんなことを言えば調子に乗ることがわかっているだろうに、それも全部了承済みで褒美をくれようとしているのだろうか。

門の前で動けない私を置いて、牛島君は「それじゃあな」と来た道を戻り始めた。その背中が見えなくなるまで私は外に突っ立っていた。今が冬じゃなくてよかった、とロクに回らない頭で思った。

白布君、私はもう絶対に負けないよ。心の中でそう語りかけて、私はゆっくり家の門を開いた。
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