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そして迎えた体育祭本番、私は気合を新たに生徒席へと向かった。開会式とは名だけの校長と生徒会長の話を聞くだけの集まりである。本番はここから。私は競技に勤しむ牛島君を見納め、恋心を殺してリレーのランナーに徹しなくてはならない。

一番肝心な部活動対抗リレーは午後にあるので、午前は自分の競技に出たり他の競技の観戦をしたりと気負わず過ごしていていいだろう。ちなみにだが、私は綱引きと玉入れに出る。綱引きは学年競技であり三年は全員参加だ。つまりは牛島君も参戦する。幸い私のクラスと牛島君のクラスは初戦で当たらなかったので、近い距離から牛島君を眺めることができることだろう。玉入れは自由選択の競技の中から無難なものを選んだ。徒競走、リレー、騎馬戦などが並ぶ中一番易しいそれは運動音痴枠とも呼ばれている。玉入れなどに出る私が白鳥沢のバレー部の名を背負ってリレーを走っていいのかはわからないが、やると決めたからには全力でやる。私は腹を括って校庭の隅のクラススペースへ座った。


今年もいつものようにひっそりと、心の中で牛島君を応援するぞと意気込んでいた私が馬鹿だった。そう、私は廊下のど真ん中で牛島君に告白したことを忘れていたのである。

「ほらっ、名前、出るよ牛島君!」
「ちょっと場所変わってあげる! こっちの方がよく見えるでしょ!」
「あ、ありがとう……」

当然私の気持ちを知っている友人達は過剰なまでに私に配慮してくれた。牛島君が並んだだけで私の肩を叩き、場所まで変わってくれる待遇である。挙げ句の果てには話したこともないクラスの男子さえ私のために座る場所を変えてくれ、私は申し訳ないやらいたたまれないやらで顔を覆いたくなった。勿論牛島君が見えなくなってしまうので覆わないが。

「あ、そろそろ牛島君の番!」

友人の声に私は拳を握りしめた。私が緊張するなどおかしい。そもそも牛島君は、何もしなくとも勝てるのを知っている。だから私は今まで何もしなかった。勿論、恥ずかしいというのもあったけれど。
それでも、今年は。

「名前、牛島君走るよ!」

牛島君がクラウチングスタートを構え、友人が私の背中を叩く。その次の瞬間、ピストルの音に合わせて私は叫んだ。

「牛島君、頑張れーー!」

私の声などきっと喧騒に紛れて牛島君には届いていないことだろう。だけど私は言った。そのことに意味があるのだ。牛島君が無事一位でゴールし、ふと我に帰ると周りのみんなが私を見ていた。今は私のクラスメイトは一人も走っていないのだからなるほど目立つわけだ。友人達にもう一度背を叩かれながら、こういうのも結構アリだな、と思った。心の中で密かに応援しているのではなく、去年も一昨年も堂々と彼にエールを送ればよかったと。
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