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おめでとう、よかったな、上手くやれよ、えっもう付き合ってんの?
多岐に渡るその声を気にする様子もなく牛島君は私を待ってくれていた。

「じゃあ帰るか」
「……うん」

いつか私が牛島君に告白した廊下を、牛島君と二人で歩く。あの時の私はこんな未来を想像していただろうか。だとしても今の私達は付き合っているわけではないのだから私の妄想とは微妙に異なるだろう。付き合っているわけではない、けれど牛島君は私が牛島君を好きなことを知っていて、私の体育祭の頑張りを認めてくれている。こういう関係性を何と言えばいいのだろう。

私達はまた無言のまま校門の外へ出た。真夏の太陽はまだまだ沈まず私達を照らしている。まだ明るいからいいよ、なんて言っても牛島君は約束は守ろうとするだろうし、私もそんなことを言えるほど余裕があるわけではない。牛島君とはいつ会えるのかわからない。ましてや、一緒に帰るチャンスなど今後何度あるのだろうか。今日頑張った自分へのご褒美として、私はありがたく牛島君の隣を歩くことにした。

「礼を言う。ウチの部のリレーを引き受けてくれてありがとう」

沈黙を破ったのは意外にも牛島君の方だった。私は慌てて両手を胸の前で振る。

「ううん、こっちこそ。出るのがこんな私で申し訳ないくらいだったのに……その、一緒に帰ってくれてありがとう」

「認めてくれてありがとう」と直接言うのは気恥ずかしくてそう言うと、牛島君は「ああ」と笑って言った。

「練習の時はどうなることかと思ったが、本番はお前の気迫に驚いた」
「そこまで言ってもらえて嬉しいよ。あれは殆ど白布君のおかげなんだ」
「……白布の?」
「うん。後で白布君にもお礼言わなきゃ」

牛島君は一瞬何かに引っかかったように眉を上げたが、少しの間の後に「……そうか」と言った。私にバレー部の内情はわからないが、白布君が牛島君を尊敬していることはわかる。牛島君も白布君に対して何か思うところがあるのかもしれない。

そんなことを考えている間にすぐに私の家の前に着き、私は門の前で牛島君を振り返った。西の空では夕日が最期の光を振り絞っており、その残滓が牛島君の横顔を照らしていた。

「送ってくれてありがとう」
「ああ。……次会うのは、夏休み明けかもな」

白鳥沢は一学期の期末テストが終わった後、つまり真夏に体育祭を行う。後に控えているのは終業式くらいだ。

「うん。楽しみにしてる。牛島君も、インターハイ頑張ってね」
「ああ」

それだけ会話を交わすと私達は別れた。私はただ無心に門を開け、靴を脱ぎ、自室へ向かった。あの牛島君と自然に会話をしているというのが嘘のようだった。
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