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牛島君の言う通りそれから学校で牛島君に会うことはなかった。私達は短縮授業を終え、終業式の長い校長の話を聞いて夏休みへと入ったのだ。とは言っても遊び呆けてはいられない。高校最後の夏、受験生にとっては無駄にできない時間だ。

私は予備校に通いながらも学校の自習室も利用した。というのも、一瞬でも牛島君を見られればいいという私の下心からだ。わざとらしく体育館のそばを通ったり部活に顔を出すと、やはりあの窓から牛島君がスパイクを打つのが見えた。私が受験に打ち込む何倍も真剣に牛島君はバレーに打ち込んでいる。終業式の後の壮行式で、男子バレー部は全国へ行くと言っていた。隠れて拍手をしていた去年までとは違い、誰よりも大きな拍手を送ったのを覚えている。大会の日程までは知らないが、きっと今も牛島君はバレーの練習に明け暮れていることだろう。

だから会いたいなどと言わない。私は私で、牛島君は牛島君で頑張らなくてはならないことがある。なんて言うと付き合っているみたいだけれど、実際私達の今の関係は何なのだろう。少なくとも、名前も知らない同級生ではなくなったはずだ。


そんなことを考えながら勉強に励んでいた時だった。休憩時間に突然鳴ったスマートフォンにマナーモードにし忘れていたことを思い出す。私は慌てて予備校の自習室を出ると、エレベーターホールにて通話ボタンを押した。

「もしもし?」

思わず声が低くなったのは仕方ないだろう。だが相手は私の何倍も明るい声で言った。

「もしもし? 名前ちゃん元気?」
「天童君……」

その話し方と声色で分かる。いつの間に私の連絡先を知ったのかはわからないが、確認するだけ無駄だろう。

「元気だけどどうしたの? 何で私の携帯に?」
「明日の夜暇?」

天童君は私の問いに一切答えず言った。質問に質問を返す始末である。私は唸りながらも頭の中でスケジュールを確認した。明日は予備校の授業も何も入れていない。普段は夜も勉強をするが、そろそろ息抜きをしていいかと思っていた頃だ。

「まあ、暇だけど……」

そう言いながら自分が期待をしているのがわかった。私と天童君を結びつけるもの、それは牛島君しかいない。天童君がこう言うならば、きっと牛島君と何かあるのではないか。その期待を読み取ったように天童君は声を弾ませた。

「じゃあ夜七時に白鳥神社の東鳥居の前! 忘れずに浴衣で着てね! じゃ!」

それだけ言うと電話は切れた。その言葉で思い出す。明日の夜には学校近くの神社でお祭りがあったことを。毎年行っているその祭りを私は受験生だからと誰とも行く約束をしなかったことを。

「こ、これって……」

私は震える手でスマートフォンを見つめた。まさか天童君と行くことなんてあるまい。相手は確実に牛島君だ。つまり私は明日、牛島君とデートをする。
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