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恋愛において"フラれる"とは、両思いの失敗または中絶を意味する。だが片思いを止める理由にはならない。人を好きでいることは自由だ。私は、今日も窓から牛島君を眺めた。冴えない文化部である私の部室からは体育館がよく見える。今日も悍ましい程の練習メニューをこなす彼らは、僅かな風を求めて体育館の扉を全開にする。すると必然的に牛島君の姿は私の目に止まってしまうのだった。

素人目に見ても、彼の動きが凄いことはわかる。そしてチームメイトからの信頼もまた厚いのだろうと、休憩時間のバレー部の様子を見ながら思った。何を話しているかまでは分からないが、和気藹々とした雰囲気はこちらまで伝わってくる。牛島君が楽しそうならば私も嬉しい。私は頬を緩めると練習へ戻った。


まさにその時、体育館内では名前の話がされていたことなど当人は知る由もない。

「また見てたね、あの子」
「あの子って誰だよ」
「ホラいつもそこの校舎から見てる、四組の女の子」

ふと呟いた言葉に反応した瀬見に、天童は出来る限りの説明をした。「若利君に告白してフラれた女の子」と言わなかったのはせめてもの気遣いだ。いくら何でもあの振り方は酷すぎる。バレー部に広まってしまうのも可哀想だし、何よりも変わらず牛島を見守る彼女の姿にいたたまれなくなったのだ。あんなフラれ方をしてもまだ諦めきれないのだろうか。それか、余計に恋心に火がついてしまったのか。どちらにせよ同情する。離れた窓を眺める天童を、瀬見が胡散臭いものを見るような目付きで見た。

「つーかお前そんな遠くからの視線に気付いてたのかよ。怖っ」
「え? だって普通気付かない? ねえ若利君」

天童は隣に座っていた牛島に話を振った。いくら声の届く距離とはいえ、何かと自分の世界に入りがちな牛島が今の話を聞いていたかは不明だ。瀬見が「おい、」と声を掛けようとしたところで、牛島が口を開いた。

「そうだな、俺は気が付かなかった」
「若利君ったら鈍い!」
「お前な……」

瀬見は呆れた様子で呟く。だが内心は天童への呆れよりも、牛島に対する驚きの方が大きかった。牛島が会話に加わるのは別に珍しくないが、その表情がやけに新鮮なのだ。彼は一体何を考えているのだろうか、と考えて、牛島の思考などわかるはずがないと思い直した。

そんなことをしていればコーチの大きな声が響き渡り、練習再開を告げる。部員の誰かが扉を閉めると、皆はまたコートへと戻った。
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