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帰ってからが大変だった。まず興奮で勉強が手につかない。天童君への感謝と恨みが爆発する。牛島君からデートをしようなんて言い出すわけがないからこれはきっと天童君の発案だけど、もう少し早く言ってくれてもいいのではないか。浴衣はどうせ一着しか持っていないが、心の準備というものがある。髪型や化粧にだって凝りたい。
落ち着かないまま前日を終えると、牛島君とのデートをご褒美として迎えられるよう当日の勉強は頑張った。しかし午後三時半には勉強を切り上げ、支度に時間をかける始末である。こればかりは女の子だから仕方ないと思う。

余裕たっぷりに家を出て、私は歩いて白鳥神社まで向かった。薄暗い空の下でもはっきりとわかる人々の熱気が祭りの盛り上がりを告げていた。私は東鳥居の隅に立ち、牛島君を待つ。牛島君はどんな格好で来るだろうか。私服? それとも部活ジャージ? どんな格好でも牛島君が着てさえすれば私にはきっと神様のように見えてしまうのだ。でも私は今日、その神様とデートをしに来た。

そう思い直したとき、ある可能性に思い当たった。私は天童君から誘いを受けた。つまり十中八九、このデートは天童君が仕組んでいる。ならば今度こそ「ちょっと祭り行ってみなよ」などとデートと知らせず待ち合わせだけ告げているのではないだろうか。いや、それで来られても私としては万々歳なのだけれど。とにかく高校最後の夏に、牛島君と思い出ができれば私はそれでいいのだ。

「苗字」

気合を新たに入れ直している頃、唐突に斜め上から声が降ってきた。聞き間違えるはずもなくそれは牛島君のもので、私はその方向を向く。するとそこには、浴衣を着た牛島君が立っていた。

「行くか」

即行動主義なのだろう、情緒もなくそう言った牛島君の後ろを私は笑いながらついて行った。

「うん。牛島君浴衣似合ってるね」
「そうか。お前もいい浴衣だ」

褒められたのは私ではなく浴衣だったけど、これもまあ良しとしよう。何と言ったって私は牛島君の浴衣姿を見られたのだから。

私を従えて人混みをグングンと進んで行く牛島君は、「何か食べたいものはあるか」と聞いた。

「えーっと、焼きそばとチョコバナナとじゃがバターが食べたいかな」

口に出してから私は自分の失態に気付いた。いくら何でも欲張りすぎだ。そこは普通一つくらいに留めておくべきだし、せめてもう少し可愛らしいチョイスをすればよかった。私がそんな反省会を開いているとは知れず、牛島君は真顔で「わかった」と言った。

「すべて手に入れるぞ」

あまり祭りにそぐわない言い回しに思わず笑みをこぼしつつ、私は大きく頷く。

「……うん!」

まだ祭りは始まったばかりだ。
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