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「人が増えてきた」

短い言葉と、差し出された手。それが指し示すものは一つだろう。牛島君は、私に手を繋ごうと言っている。

隣の屋台の熱気のせいでも何でもなく、私は顔が熱くなるのを感じた。あの牛島君が、これをデートと認めた上で、手を繋ごうと言っているのだ。小さな子供が母親と手を繋ぐのとはわけが違う。もしかしたら牛島君はそれと同じように思っているのかもしれないが、私は男女の方の意味でしか受け取れない。

この際牛島君がどんなつもりで手を握ろうとしているのかなど関係ない。私の心はとっくにキャパオーバーを迎えていた。

「だ、大丈夫! 私牛島君のことどこにいてもすぐに見つけられるからさ! 牛島君背高いし!」

声に出しながら自分は何を言っているのだろうと思った。牛島君がどこにいても見つけられるというのは全くもってその通りなのだが、聞かされた方はストーカーにしか思えないだろう。実際ストーカーまがいのことまでしていたのだから困る。

「……そうか」

牛島君が差し出した手をゆっくりと元に戻した時、私は自分の失敗を悟った。断り文句など問題ではない。牛島君の折角の誘いを断ってしまったこと、それこそが問題なのだ。

出来ることなら数秒前の自分を殴りたい。殴ってでも、どれだけ恥ずかしくても牛島君と手を繋ぎたい。幸福に耐えられなくて飛び散るなんてこと、きっと人間にはないのだから。

前とは全く異なる感情を抱きながら俯いて歩いていると、不意に牛島君の足が一つの屋台の前で止まった。

「やっていかないか?」

牛島君が指差した屋台、それは金魚すくいだった。

「……うん」

先程の失態の挽回にはならなくとも、牛島君がやりたいと言うならやりたい。例え牛島君がやりたくなくても、私は牛島君と一緒なら何だってやりたい。

屋台の店主にポイを渡されると、私達は二人並んで水槽の前に屈んだ。祭りの喧騒の中で私達の間だけが沈黙に包まれる。牛島君はきっと金魚すくいに集中しているだけなのだろうけれど、今の沈黙が私には心地よかった。


心を新たにして挑んだ金魚すくいは、二人ともまあまあの成績となった。牛島君が四匹、私が三匹だ。私はとりあえず家へ持って帰ってみるが、牛島君は寮で飼えないからと屋台に返してしまうらしい。ますます牛島君が何で金魚すくいをやりたがったのかわからないけれど、牛島君が楽しかったならば本望だ。

屋台から歩き出した牛島君の背中を私は追いかけた。そして今度こそ、その左手を握った。
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