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初めて触れる牛島君の手は大きく、角ばっていた。ここまで来るのに私は人生で一番の勇気を使ったことだろう。まだ名前も知られていない憧れの人に告白するよりも、二度も自分の気持ちを伝えた人とデート中に手を繋ぐ方が。

牛島君は決してそんな気持ちで手を差し出したわけではないと思うけれど、自分から手を繋ごうとするのがどんなに緊張することか今になってわかった。それを断ってしまった私はどうしようもない馬鹿だ。だから、馬鹿の最後の頼みを聞いてほしい。

牛島君は一度驚いたように振り返ると、すぐに前を向いて私の手を握り返した。その時一瞬口角が上がっていたのは気のせいだろうか。私達は手を繋いだまま神社の境内を歩くと、屋台の並ぶ参道から逸れた。一体どこへ向かうのだろうと牛島君に手を引かれていると、辿り着いたのはようやく腰を下ろせる程度の段差のある場所だった。勿論そこは今日のために特設された休憩スペースなどではなく、辺りは閑散としていて、先程は眩しかった程の明かりでさえここには薄ぼんやりとしか届かない。だがこの場所に二人でいることが秘密基地を見つけたようで嬉しかった。

私達は並んで腰掛けると、食べかけの焼きそばを食べ始めた。牛島君は私の手から金魚の袋を取ると、私が食べている間じっとそれを眺めていた。二人の沈黙の中で、祭りの喧騒が遠くに聞こえる。ずっとこの微睡みのような時間が続けばいいと思った。
しかし、物には限りがある。焼きそばを食べ終えた私はすっかり手持ち無沙汰になってしまった。もう食べるものはない。何かを牛島君と話さなくては。

この空間の居心地があまりにも良かったからだろうか。先程のように緊張や空回りをすることなく、私は適当に話題を探した。

「私は今日も昨日も予備校だけど、牛島君はインターハイ終わったの?」
「終わった」
「そっか」

その答えと共に会話も終わってしまった。日本一になるということは容易ではない。勝ち続けない限り、「大会が終わった」とはどこかで負けたということである。だから私は結果は聞かなかった。聞かなくとも夏休み明けに学校に行けば、堂々と垂れ幕に書かれていることだろう。私が気を回したことを察してか察さずか、牛島君はポツリと口を開いた。

「春高は、見に来い」
「……うん」

バレーなど何も知らなかった私でも、牛島君のおかげで春高がインターハイに次ぐ牛島君最後の大会だと知っている。今年は堂々と見に行ける資格があることを喜びながら、私は牛島君の手に提がった金魚を見た。
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