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二学期が始まり、秋になった。相変わらず私の牛島君への想いは学年中が知っており、私は予備校に通い詰めで、先生達の講義は段々と凄みを帯びてくる。この季節が受験生にとって重要なのは言うまでもないことだ。だが私にはもう一つ、大事なことがあった。「春高は見に来い」と牛島君に言われたことだ。春高は牛島君が出る正真正銘最後の大会であり、勿論全国出場を狙っている。朝誰よりも早く登校しては男子バレー部の結果をこっそりチェックしていた去年までとは違い、私は堂々と試合を観に行くことができる。きっと牛島君にそう言われなくとも今の私は観に行くだけの勇気があるだろう。それを牛島君に嫌がられないだけの信頼関係も今ならある、と思っている。

流れ行く日々を惜しみながら、しかし十月二十七日だけは早く来てほしいと思っていた。その前の二日間は平日のため公欠のバレー部以外観に行くことはできないが、最終日の決勝は土曜日に行われる。牛島君達はまず決勝まで残るだろう。牛島君が東京へ行くシーンを、是非この目で見納めたい。


友達何人かにお願いをすると、「ちょうど息抜きがしたかった」「バレー部も見たいしね」と二人が一緒に行くことを了承してくれた。決勝は白鳥沢の生徒がわんさか応援に駆けつけるのだろうが、その中で一人観る度胸はない。十月二十七日当日、友人二人に囲まれながら私は牛島君が登場するのを待った。

そしてようやく体育館脇から牛島君が出てきた時、私は周りの歓声に驚くやら友達二人に小突かれるやらで自分の感動に集中することすらできなかった。初めて見るユニフォーム姿の牛島君はあんなにも格好いい。だが、これからもっと牛島君の格好いい姿が見られるのだ。

「ちょっと名前大丈夫?」
「あ、うん……」

アップの牛島君を見ているだけで頭がくらくらする。しかしそんなことを言っていたのが嘘のように、数分後私達は試合に引き込まれていた。

誰も何も言わない。余計なお喋りなどしない。時々思い出したように応援団に合わせて不慣れな声を出して、また試合に集中した。それほどに試合は白熱していた。ここにいる誰もが白鳥沢の勝利を信じていることだろう。だがこのギリギリのクロスゲームに、見る者全てが夢中になっていた。

最終戦、第五セット。私は試合もそれに熱中する応援席も、何故かガラス一枚を隔てた別の世界のように感じていた。それまで必死に見ていた試合を放棄し、私はただ牛島君だけを見ていた。

格好いいなぁ。何百回目かわからないそれを思う。恐らくこの場にいる全員が、烏野のチームの人さえもそう思っていることだろう。それほどに牛島君は圧倒的だった。誰よりもバレーにストイックな牛島君を私は知っていた。私は牛島君を好きになってよかったと、心の底からそう思った。
ちょうどその時、試合終了の笛が鳴った。
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