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帰り道の言葉は少なかった。ギャラリーの席を立ったときから、どこからも洟を啜る音が聞こえていた。まさか白鳥沢が負けるなんて予想していた者は誰もいなかっただろう。私達は重い足取りで駅への道を歩き、数十分間電車に乗って、学校の最寄り駅へと着いた。夕方の電車には人が多く、無理に会話をしなくていいのが幸いだった。

「名前本当に学校行くの?」
「うん。自習室で少しやっていこうと思って」

試合を見終えた私達はもうただの白鳥沢生ではない。受験生だ。どれだけ辛くたって、今日のノルマは終えなくてはならない。負けた悲しさで勉強など手につかないのではと思ったが、不思議とやる気は満ちていた。今日の試合で牛島君やみんなが私なんかの何万倍も頑張っているところを見させられたからかもしれない。

予め勉強道具を入れてきた鞄を持って自習室へ向かおうとすると、駐車場からとある人影が見えた。

「あ……」

白鳥沢学園男子バレー部のバスから出てきたのは、牛島若利その人だった。思わず声を出してしまったが、どうしたらいいのかわからない。もう気付いていないふりはできないし、向こうだって私に気付いているだろう。

幸い周りに人はおらず、牛島君が最後にバスの点検をして出てきたという風だった。段々と近づく距離に私が何か言おうとしたとき、牛島君が先に口を開いた。

「今はお前に会いたくない」

胃に鉛でも落ちたかのような感覚だった。思わぬ一言に固まっている私を見て、牛島君は笑った。

「すまない、俺の我儘だ」

笑っているけれど、勿論楽しい気分であるはずがないだろう。私が感じている何十倍も、牛島君は辛くて悲しくて悔しいはずだ。こういう時何と言ったらいいのだろう。惜しかったね。頑張ったね。お疲れ様? どれも違う気がする。むしろ、牛島君に嫌な思いをさせてしまうのではないかとすら思う。
散々に考えた結果、私の口を突いたのは私の正直な感想だった。

「私、牛島君を好きになってよかった」

何も言わない牛島君にもう一度私は言って、自習室へと走った。

「私、牛島君を好きになってよかったよ」



名前が去ってしばらく、天童は音を立てないようにそっとバスを降りた。もう名前はいないのだし、息を潜める必要はないのだがなんとなくだ。それと、この自分の世界に浸っているエース様を邪魔したくないという思いもある。

牛島は呆然としているか泣いているか、はたまた笑っているかもわからない。天童は牛島の斜め後ろに並ぶと、そっと語りかけた。

「もう好きなんじゃない? 名前ちゃんのこと」
「……そうだな」

あの牛島がこう答えるとは、先程の名前との邂逅に絆されたのか、試合後で感情的になっているのか、それとも予てからの本心か。いずれにせよもうこの二人は心配いらないな、と天童は思った。数秒後、二人は自然と部室へ向かい歩き始めていた。
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