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十月二十九日。普段ならば二日ぶりに牛島君に会えるとぬか喜びしている月曜日も、今日は憂鬱だった。

試合後に、「私は牛島君を好きになってよかった」と口走ったことである。その場の勢いとはいえ何てことを言ってしまったのだろう。あの時牛島君の精神状態はどんなものだったかわからない。何しろ牛島君の全てを懸けているバレーで敗北した直後だったのだ。計り知れない程の痛みや屈辱の前で、突然恋愛気分の女がのこのことやって来ようものなら気に障って当然だろう。折角牛島君と仲良くなれたと思っていたが、それももう白紙かもしれない。試しに今日「おはよう」と話しかけてみよう。初めて成功して以来牛島君は律儀にも必ず挨拶を返してくれるが、それすら無視されるかもしれない。これならまだ、名前も知らない同級生でいる方がよかった。

俯きながら家の門に手を掛けると、どこからか規則的な足音がした。軽快なその靴音は歩いているというより走っていることを表している。こんな時間に珍しいな、と私が顔を上げた時、まさにその人物と目が合った。それは私が今思い浮かべていた人物、牛島若利だったのだ。

「牛島君……!?」

気付けば彼は私の家の前で立ち止まり、呼吸を整えている。私はまたもや何と言えばいいのかわからない。土曜日のことを謝ればいいのか、まず何故ここにいるのかを聞くべきか、適当な話題を探すべきか。それよりも挨拶をしてみようと決めたのだった。

「おはよう」と私が言いかけた時、それを遮って牛島君が口を開いた。

「牛島若利だ。お前が好きだ」

それは紛れもなく牛島君から私への告白であり、私の告白への返事だった。自分が始めたことだというのに、その奇妙な文句に思わず笑ってしまう。けれどわざわざ名乗らせたのは牛島君なのだから、責任を取ってほしい。

私は家の門を開けると、牛島君の目の前に立った。そして汗を流しながら真剣な顔をしている牛島君を見上げて笑いかけた。

「これから、よろしく」
「……こちらこそ」

朝の住宅街の道端で、律儀に私達は手を握り合った。まるで告白の返事らしくないと誰かに笑われてしまうだろうか。それでもいい。これが私達のスタートラインだ。
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