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いよいよこの日が来てしまった。といっても受験当日ではなく前日なのだが、緊張は同じだ。今日はもう暗記系だけに絞ると決め、一日リラックスに努めた。唐突に家のインターホンが鳴ったのは夕方から夜になろうかという頃だった。

「はーい……」

たまたま廊下にいた私が外に出ると冷たい風が出迎える。思わず目を閉じた後また開けると、なんとそこにいたのは牛島君だった。

「な、何で……」

口を開けたまま言葉の出ない私に牛島君は答える。

「応援しに来た」

格好からして、ランニングの途中だろうか。とりあえず私は玄関から離れ、家の門まで駆け寄った。明日が受験なんてことを忘れそうになるくらいに嬉しい。願っても無いサプライズだ。さて牛島君は何と言ってくれるのだろうか。彼の言葉を待っていると、牛島君はゆっくりと口を開いた。

「やれそうか」

それはまるで教師か何かのような口ぶりだ。牛島君が甘い言葉を言ってくれるだなんて思ってはいなかったが、これも流石に予想外だ。私は笑いながら頷いた。

「うん。やれるだけやったよ」
「そうか」

そこで会話が途切れる。だがどちらも帰ろうとせず、ただそこに立っている。この沈黙が愛おしい。そう思えるようになったのは、いつからだろうか。

「牛島君っていつも試合前とか何してるの?」

私はふと思いつきで聞いてみた。牛島君は一般受験こそしないとはいえ大場面は何度もあったはずだ。期待を込めて牛島君を見ていると、どこか予想していた答えが返ってきた。

「何もしていない」
「そっか……」

そりゃあ牛島君だ。試合など何十回とやっているだろうし、精神力も鍛え抜かれていることだろう。牛島君の真似をしようとした私が愚かだったのだ。

「自分に自信を持て。誰が何と言おうとお前は頑張った」

突然発せられた言葉に私は目を丸くして牛島君を見る。そんな私を真っ直ぐに見つめたまま、牛島君は続けた。

「そして俺の好きな女だ」

その言葉に体中の血液が一気に沸騰するのを感じる。好きだと言われるのは三度目だけれど、いまだに慣れない。相手はあの牛島君で、私はただの平凡な女子高生だ。

「今日が受験本番じゃなくてよかった……」

心の底からそう言うと、牛島君は聞いているのかいないのか平然とした顔をしていた。告白をしてからというものの、牛島君は私に好かれていることに全く照れたりしない。むしろそれが当たり前であるかのように堂々としており、体育祭では「俺が励ましたら逆効果だと思っていた」とすら発言していた。それが牛島君の自信なのだろうか。私は緊張ばかりしてしまう小心者だが、牛島君が私を好きだということを疑ってはいない。自分があの牛島君に好かれた女だと思えば、大船に乗った気分になれる気がした。

「ありがとう牛島君、私頑張るよ」

澄み渡った心でそう言うと、牛島君は「ああ」と頷いた。

「頑張れ」

その一言を胸に、私は明日へ向かう。
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