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一通り写真撮影や挨拶を済ませ、後は夕方から行われるクラスの打ち上げを残すのみとなった。早々に帰ってゲームセンターなどに寄る者、学校に別れ惜しく残る者と様々である。私はといえば、部活で集まった流れのまま最後に部室を訪れていた。三年間通い慣れた木目調の教室や、変わらない匂いのする道具類を見回してみる。最後にここを出てからまだ一年も経っていないのに何故だか懐かしく感じた。時の流れとは不思議なものだ。部室の窓際で体育館を眺めているだけだった私も、もう卒業なのだから。

久しぶりにそこへ立ってみるとやはり安心する気がして、しかしこれで最後だと思うと切ない気持ちになった。窓から見える体育館はがらんとしていて、ここでももう卒業するのだということを突き付けられる。これが部室に早く来すぎた私の見ている景色で、今から男子バレー部がアップを始めるところならばどんなによかっただろう。もう、ここへは来られない。来たとしても、私の求める景色はない。私は息を大きく吸い込むと、心の中で叫んだ。

バイバイ、牛島君。私の心の中に湿った風が吹く。牛島君とこれから会えなくなるわけではない。一応恋愛関係にある私は、むしろ牛島君との距離は近い方だろう。だがこの窓の中から体育館の牛島君を眺めている時間は私にとって特別なものだった。私の高校生活を象徴するような、一生忘れられないものだったのである。こんなこと、牛島君は知らないだろうけれど。私が笑みすら浮かべながら体育館を見下ろしていた時、今まで誰もいなかったそこに突如人影が現れた。その人物は、迷うことなく私の方を見る。牛島君が、私を見ている。

牛島君は徐に口を開くと、迷いのない動きで「ありがとう」と口を動かした。一瞬エモーショナルに浸った私の幻想かと思ったけれど、牛島君は間違いなくそこにいる。練習着姿でもなければスポーツシューズでもないけれど、牛島君は確かに存在するのだ。三年間、牛島君の姿だけを見てきた私が見間違うはずがない。

私は感情のせり上がる口元を抑えて、ただ牛島君を見ていた。手を振ったり、何か言葉を返した方がいいのかもしれないと思ったがどれも違う気がした。私にできることは、いつだって牛島君を見ていることだけなのだ。そうやってただ見られていた牛島君が、今私のことを見ている。この時初めて、私は私の三年間が報われた気がした。
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