▼ 番外編1 ▼

※白布視点
※時系列第2章初めあたり

地獄のような練習が一区切りつくと、ようやく俺達は水分を摂取することを許された。だらだらとコートの外まで歩いて行って、冷たいスポーツドリンクをこれでもかと飲む。腹を壊したらとかそういうことは考えない。今日の発汗量を考えれば多分、今俺が飲んだものは全て俺の中の水分になるはずだ。

ボトルから口を離すと、俺はふと空いた窓の外を見上げた。すると向かいの校舎の窓から、一人の少女がこちらを見ていることに気が付く。彼女が男子バレー部を見ているのは知っている。俺が気付いたのは最近だが、天童さんはもっと前から気付いていたらしい。噂では、牛島さんに告白したとか。実害こそ出していないからいいものの、あまりよく思っていないのは確かだ。俺がドリンクを飲むのをやめ彼女を見上げていると、唐突に隣から声がした。

「苗字は俺のことが好きだ」
「……はい、知ってます」

迷った末に俺は言った。そう答えるしかないだろう。今もまさに彼女の視線を集めている牛島さんが、自分は好かれていると言ったのだ。牛島さんはしばしば事実のみを告げるから、それが何の意味を示すかは自分で考えなくてはならないことがある。今回は一体どんな意味なのだろう。俺が彼女のことをよく思っていないのは明らかだから、まさか牽制ということはあるまい。そんなことされなくとも彼女は俺のタイプではない。牛島さんは、タイプなのかもしれないけれど。

「牛島さんは好きなんですか?」

思い付いたままに声に出してから、出過ぎただろうかと思った。なかったことにしてくださいと言おうとして牛島さんの顔を見た俺は、牛島さんが珍しく考え込むような表情をしていたことに驚いた。

「それを今、考えていたところだ」

俺は牛島さんを見たまま呆気に取られた。先程の発言は牽制ではなく思考の整理であったらしい。彼女は牛島さんを好きだが、自分はどうなのだろうと。俺は少しの間動くことを忘れたように牛島さんを見てから、ようやく我に返ったようにゆっくりとした動作でドリンクを飲んだ。中学時代ヒーローのように見えた牛島さんも、恋愛に悩む一人の高校生であったらしい。

「恋の相談ならいつでも乗りますよ。うまくアドバイスできるかは分かりませんが」

すると牛島さんは癇に障ったかのように顔を顰め、ドリンクを飲むのをやめた。

「恋の相談ではない。まだこれは恋と決まったわけではない」
「そうですか。じゃあ、牛島さんの相談全般に乗ります」
「……よろしく頼む」

言い方一つで牛島さんは満足してしまったらしい。俺からすれば好きだと言われて何日も相手のことで悩み続けるなんて少なからず相手を意識しているからに決まっていると思うのだけど、牛島さんは違うのだろうか。何にせよ牛島さんが俺を頼りにしてくれているのは嬉しい。その原因があの女ということは、ちょっと癪だけれど。タオルを床に置くと休憩終了の笛が鳴って、俺達はまたコートへと足を踏み入れた。
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